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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第34章
やっと飛んだ飛行機の中で、焦る気持ちを「大丈夫、このまま行けばFP開始の19時には間に合う筈」と自分で宥めていたヴィヴィを待ち受けていたのは、平昌(ぴょんちゃん)市内に入ってからの車の事故渋滞だった。
(なんなのよ、一体――っ!!)
とうに男子シングルFPの開始時間である19時を1時間も過ぎているのに、タクシーの中で足止めされたままのヴィヴィは唇を噛む。
「帰宅ラッシュも重なるしネ~……これは当分動きませんヨ、お客サン」
訛りのある英語でそう言ってきた運転手の言葉が、ヴィヴィに車を捨てるという決断をさせたのだ。
ヴィヴィが走りながら街頭の光を頼りにスウォッチの文字盤を見た時、
「ヴィヴィ、こっちっ! こっちの道のほうが近道だ!」
後ろからヴィヴィを追ってきたらしい牧野マネージャーが、ヴィヴィに並ぶと進行方向に向かって左側を指さして先導していく。
「はいっ!」
バタバタと足音を立てながら駆け抜けていく二人を、観光客や地元民が「何事?」という表情で振り返る。その人混みを器用にすり抜けながら5分ほど走り続けると急に視界が開け、横断歩道の先に鏡浦(きょんぽ)アイスホールの裏口が見えた。
目の前の歩行者信号がチカチカと点滅している中、そのまま駆け抜けようとしたヴィヴィの腕を牧野が掴んで止めた。
「今の――渡れたっ!」
牧野に対していつも低姿勢で素直に従っていたヴィヴィが、そう喚く様に言って睨みつける。
「馬鹿。ヴィヴィも試合控えているのに、こんなところで危険な目に合わせられるか!」
腕を掴んだまま声を荒げてそう言った牧野に、びくりと体を震わせたヴィヴィは言葉を失い、唇を引き結んで時間を確認する。
(21時10分――!?)
脳裏に昨日のクリスの憔悴しきった表情が浮かぶ。
試合もISU記者会見も全て終了した深夜、クリスから掛かってきたスカイプ(テレビ電話)で双子の兄が口にした
「ヴィヴィに……会いたい……」という弱気な言葉。
そして移動中のヴィヴィや牧野に刻々と入ってくる情報では、今日のクリスの調子も芳しくなく、4回転ジャンプがクリーンに降りられていないらしい。