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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第34章
クリスにしてはめずらしくそう拗ねたように甘えた声を出す。ヴィヴィに巻きつけられた長い腕は、昨日のSPの出来で不安に陥っていたのだろう、小刻みに震えていた。ヴィヴィは少しでも安心させようと、ぎゅうと力を込めて自分より大きくて逞しいクリスを抱きしめ、顔を上げて双子の兄を見つめた。
「でも……間に合った……でしょ?」
乱れた息の中苦しそうにそう言ってくしゃりと笑ったヴィヴィに、クリスが瞳を細める。
「ふっ……ヴィヴィ、鼻、真っ赤」
氷点下の中爆走してきたヴィヴィの鼻が赤く染まっているのが面白かったのか、クリスが噴き出す。
「し、しょうがないでしょっ!」
焦って自分の顔を隠そうと下を向こうとしたヴィヴィから腕を解いたクリスが、その赤い鼻を指先で摘まんだ。
「ふがっ!?」
ヴィヴィが驚いて豚鼻を鳴らしたとき、
「篠宮選手、リンクサイドに入ってください」
韓国人スタッフがクリスにそう指示してきた。クリスはヴィヴィの鼻から手を放すと、ぽんとその頭を撫でる。
「見てて……」
そう力強い言葉を口にしたクリスの表情には、もう不安や焦りといった負の感情は浮かんでいなかった。ヴィヴィはにっこりとクリスに笑いかける。
「……うんっ!」
リンクサイドに入っていくクリスにそのままついて行こうとしたヴィヴィを、隣で一部始終を見守っていた母でもありコーチでもあるジュリアンが腕を掴んで引き止める。
「な、何ですか?」
「まず、ニットキャップ脱いで、髪整えて、息整えて、鼻かんで。後、これ羽織ってから入ってきなさい」
走ってきたそのままの出で立ちでは公式なリンクサイドには立たせられないと、そう的確な指示を出したジュリアンは、自分はさっさとクリスを追ってリンクサイドへと行ってしまった。
確かに、フィギュアスケートは紳士淑女のスポーツだ。そのリンクサイドに立つには、ニット帽はそぐわないだろう。
ヴィヴィは金色の頭からキャップを抜き取ると手ぐしで髪を整え、いつの間にか追いついていた牧野マネージャーからボックスティッシュを受け取って鼻を噛むと、ジュリアンから渡されたウィンドブレーカーを羽織ってリンクサイドへと足を踏み入れた。