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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第35章
前に滑ったロシアのユリア・リプニツカの点数を待つ間、ヴィヴィはリンクに入り氷の上での確認事項を一つずつ潰していく。
五輪という大舞台でシーズンベストを更新したリプニツカの得点と総合1位という順位がアナウンスされる。しかしそれは音としてヴィヴィの鼓膜を震わせても、情報として脳には伝わらなかった。
ヴィヴィの心はただ一つの事だけに傾いていた。
(結局、お兄ちゃんがこの会場に到着したという連絡は入っていない……)
フェンス傍のジュリアンとクリスの元へと戻ったヴィヴィの表情は、引き締まっていて硬かった。けれどそれは落胆や緊張からくるものではない。
「ヴィヴィ、Smile」
いつも通りの言葉でヴィヴィのことを送り出すコーチにヴィヴィはにっと笑い、隣のクリスと左拳をこつんと合わせてリンクへと飛び出していった。
自分の名前がコールされる中、ヴィヴィは匠海の想いが詰まったペンダントトップに衣装越しに触れる。
(例え、お兄ちゃんがこの場にいなくても、
ヴィヴィを見つめてくれていなくても……いいの。
だって……私はこの「サロメ」を演じきり……
お兄ちゃんに自分の想いを伝える――
そう、決心したのだから――!)
ヴィヴィは両拳をぐっと握りしめると、リンク中央へと立った。
優雅に上げられた右手は天高く掲げられ、左手は大きな瞳の下に翳される。手の甲から垂れ下がる青紫のヴェールがヴィヴィの顔半分を覆いつくし、妖しく煌めく瞳がより強調される。
ヴィヴィの紅い唇が微かに開き、言葉を紡ぐ。そしてそれと時を同じくして、打楽器と弦楽器の緊迫感のある激しい音が辺りに満ちた。
わたしは誇り貴き、ユダヤの王女。
わたしの美しさと若さに、誰もがこの脚元にひれ伏し、
一刻の慰めを求め媚び諂う。
ヴィヴィは強い視線でジャッジを見据えると、ヴェールを纏った手を滑らせにっこりと無垢な微笑みを覗かせる。
誰もがわたしを我が物にしようと画策する。
――そう、義理の父である、この国の王たる者まで。
だがそんなわたしに唯一靡(なび)かない男がいる。
そう。お前だ、ヨカナーン――。
ヴィヴィはふわりとトリプルアクセルを降りると、胸の前で目に見えぬ何かを乞い願うように両腕を差し出す。