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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第35章
ヨカナーンや。
わたしはお前の体に惚れた。
お前の体は、鎌の障った事のない、 野の百合のように白い。
草葉の上に降りて来る黄昏の素足でも、
海の上の月の乳房でも、
世の中にありとあらゆるものにお前の体ほど白いものはあるまい。
どうか、その其方の体に障らせておくれ――。
『下がれ。バビロンの娘。
お前の声は聞きたくない。
俺の聞く声は主の声、神の声ばかりだ』
ヴィヴィに聞える筈のない、預言者ヨカナーンの厳しい声。
それは何故か兄である匠海の声に取って替わり――。
硬い拒絶の言葉にヴィヴィの眉間がすっと歪む。
お前の体は気味が悪い。
らい病やみの体のような、
蛇の這う塗壁のような、
あらゆる穢い物を埋めた墓の上を塗潰した土のようだ。
ふっと微笑んだヴィヴィは、イーグルからトリプルアクセルとトリプルトゥーループを回りきる。
ヨカナーンや。
わたしはお前の髪に惚れた。
長い長い暗の夜でも、
月が顔を隠して、小さい星共が心細がる暗の夜でも、
おまえの髪ほど黒くはない。
奥深い森に住まっているしじまでも――。
世の中にお前の髪ほど黒いものは一つもあるまい。
どうか、そのお前の髪に障らせておくれ。
『下がれ。ソドムの娘。
この体に障って貰うまい。
神の宿ってお出でなさる体だ。主の寺院だ。
障って穢して貰うまい』
不遜な嗤いを浮かべたヴィヴィは続く三連続ジャンプを跳ぶ。
お前の髪の毛は厭らしい。
埃だらけだ。汚いものだらけだ。
ヨカナーンや。
わたしはお前のその口が所望だ。
熟した柘榴を銀の小刀で切るような、
チルスの園に生えている柘榴の花は、薔薇の花より赤いけれど、
お前の口のように赤くはない。
お前の口は葡萄酒を醸す桶の中に入って踏んでいる杜氏の足よりも赤い。
お前の口は海の底の薄明かりの珊瑚の枝、
モアブの洞穴の紫貝の染色、
帝王の紫。
世の中にありとあるものにお前の口より赤いものは無い。
どうか、お前のその口に接吻をさせておくれ。