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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第35章    


 『ならん。バビロンの娘。

  ソドムの娘。ならん――』



  いいや。

  わたしはお前の口に接吻せねばならぬ。ヨカナーン。

  わたしは接吻せずには置かぬ――!



 ステップに踏み出すため一呼吸おいてぴたりと止まったヴィヴィの瞳に、徐々に妖艶な光が宿り始める。

 驚くほどに体が動く。

 いつもなら上がる息が全く乱れない。

 まるで誰かに体を操られているように、心を捕える何かに突き動かされているように。

 深いエッジにのりさらにスピードが上がる。

 その時のヴィヴィは、妙な恍惚の中にいた。

 まるで会場にいる全ての観衆に自分の心を見透かされているような。

 本当にヴェールだけをまだ幼さの残る痩躯に纏い、己の慾を満たすが為だけに踊り狂っているかのような。

 この場の全ての人間の視線が、自分の一挙手一投足に注がれ、その心までも虜にしているという快感――。

 ヴィヴィは全てのステップを踏み終えると、愛憎と狂喜の紙一重の色を浮かべた灰色の瞳を細めた。

 紅く縁どられた薄い唇がにいと笑みの形を象り、小さく開かれる。





「お義父様……約束よ。

 銀の、銀の盆に――

 預言者ヨカナーンの首を」





 スピンを回りきったヴィヴィは、最後のトリプルルッツを難なく飛んだ。

 全てを演じきったヴィヴィの視線の先に、幻覚という名の褒美が現れる。

 月光を受けて鈍く輝く銀盆の上、

 愛しい匠海の、その血濡れの頤(おとがい)が――。





(ほおら、もう……お兄ちゃんはヴィヴィの腕の中――)





 ヴィヴィは両腕をめいいっぱい伸ばしてそれを胸に抱くと、ぐっと瞼を閉じて天を仰いだ。




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