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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第36章     

 天を仰いでいた顔を下すと、どっと疲れがヴィヴィを襲った。

 演技中に息ひとつ切れなかったのが嘘のように、心臓が苦しいと根を上げてくる。胸の前で抱きしめるようにしていた両腕が、急に指先から痺れた様に震え始めた。

「…………?」

 ヴィヴィは自分の両掌をじっと見つめて内心首を傾げる。しばしリンクの中央でじっと掌を見つめていたヴィヴィの鼓膜が、やっと大観衆の歓声を音として認識した。

 ふっと顔を上げる。

 昨日のSPでもスタンディングオベーションを贈ってくれていた観客が、今日は本当に総立ちでその中央に立つヴィヴィに惜しみない拍手を送ってくれていた。

(…………っ!!)

 ヴィヴィは震えたままの両手を大きく振り上げて観衆に応えると、膝を折って四方に礼を送った。最終滑走のヴィヴィに投げ込まれた花を幾つか拾い上げながらリンクサイドへと戻ったころには、自身を襲っていた震えが治まっていた。

「ヴィヴィっ!!」

 リンクサイドでジュリアンが両手を広げてヴィヴィを迎え入れてくれた。ヴィヴィは花を持った手を伸ばしでゆるくしがみつく。

「よかったっ! もう、何も言うことが無い位、本当に、良かったわ!」

 ぎゅっと抱きしめてくるジュリアンに、ヴィヴィが苦笑する。

「鬼コーチにそんなに手放しで褒められたら、雹(ひょう)やら槍が降ってきそうで、怖いです……」

 ヴィヴィから体を離したジュリアンにそう言ってちろりと舌を出して見せると「可愛くない子!」と鼻を抓られてしまった。

「いたた……」

 緊張感のない声を上げながら、ヴィヴィはクリスの渡してくれたエッジケースをはめ、日本代表ジャージを羽織る。そして目の前のクリスにふわりと抱き着いた。

「終わった~~」

 クリスの腕の中で虚脱した声を上げるヴィヴィ。

「終わったね……」

 そう相槌を打って背中を撫でてくれるクリスの声は、疲労したヴィヴィの心を充分に癒してくれるものだった。

 緊張なんてしない?

 プレッシャーになんて感じてない?

 そんなの、嘘――だ。

 ヴィヴィだって普通の15歳の女子高生。

 テレビを付ければ「日本期待の新星!」「浅田2世! 金メダルは確実!!」と囃し立てられ、外に出れば「頑張ってね!」「期待してるよ」と声をかけられる。

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