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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第36章
「ね……お兄ちゃんは、間にあわなった……?」
恐る恐る口にしたヴィヴィの言葉に、抱擁を解いた父が傍にいたクリスと顔を見合わせる。父が次に口にした返事に、みるみるヴィヴィの表情が曇る。
「匠海は直前までトラブルの対応にあたると言って――こちらに着いたという連絡はないよ……」
「大丈夫、ちゃんとどこかで、リアルタイムに見てくれてるよ……兄さんは、ヴィヴィLOVEだから……」
いつもより饒舌にフォローを入れるクリスに、ヴィヴィは「そうだよね……」となんとか笑顔を作って見せる。
スケ連の付添人が「ヴィヴィもクリスもそろそろ……」とこの後のマスコミの取材への配慮を見せて先を促し、それに振り向いて頷いて見せたその時――、
「Excuse me……」
バックヤードへと足を踏み出したヴィヴィの鼓膜が、微かな声を捉える。
はっとその声が聞こえた父がいる観客席のほうを振り向いたが、そこには不思議そうな顔をした父と観客しかいない。
「どうした?」
父が首を傾げてヴィヴィに尋ねてくるのを、ヴィヴィは小さく首を振って「ごめん、なんでもない」と返した。
(お兄ちゃんの声が、聞こえた気がした……)
そんな筈ないのにと、ヴィヴィは苦笑するとジャージの前のファスナーを上げて今度こそバックヤードへと足を踏み入れる。
「すみません――通してください……」
雑踏の中に紛れ込む、少し低めのよく通る声。
(聞き間違いなんかじゃ、ない――)
ヴィヴィ達を一目でも見ようと群がる観客に、控え目にそう断る声が鼓膜を揺らした時、ヴィヴィはそう確信した。
ぱっとその声の方向を向いたヴィヴィの視線の先に、綺麗な黒髪を少し乱した匠海がこちらへ近づこうとしていた。
ヴィヴィはとっさに朱を引いた薄い唇をぎゅっと引き結ぶ。そうしないと、何か溢れてしまいそうで。
ヴィヴィの視線の先に気づいたクリスが「兄なんです、すみません、通してください」と観客に丁寧に声をかける。
道を開けてくれた人々に会釈をしながらこちらに向かってくる匠海を見つめるヴィヴィの視界が徐々に歪む。
引き結んだ唇がぶるぶると震え、熱い涙がせり上がってくるのを必死で抑えようとするが、もうヴィヴィにはコントロールできなかった。