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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第36章
急いで駆け付けてくれたのだろう、スーツ姿の匠海は少し上がった息で胸を上下させながらフェンス越しにヴィヴィの前に立った。
そしてまるでヴィヴィを眩しいものを見るように灰色の瞳を細めると、ほうと息を吐くようにただ一言、言葉を紡いだ。
「お疲れ様――」
「おめでとう」でも「良かったよ」でもなく、「お疲れ様」――。
いつもヴィヴィを第一に気遣う匠海の暖かい言葉に、ついにヴィヴィの涙腺が崩壊した。
「……――っ!!」
くしゃりヴィヴィの美しい顔が歪む。
気が付くと腕を精一杯伸ばして匠海の胸に飛び込んでいた。
ファンデーションが兄の白シャツに付いてしまうとか、マスカラが落ちてひどい顔になってしまうとか、そんなことがどうでもよくなった。
ただただ溢れ続ける熱い涙を溢して、嗚咽を漏らしながら匠海の温かい胸にしがみ付く。
さっきまで大観衆の視線の中心にいたのが嘘のように、今は兄の大きな体で少しでも自分を隠して存在を消してしまって欲しい。そう自分にとっても訳の分からない衝動に駆られ、ヴィヴィはさらに匠海に必死にしがみ付いた。
初めはびっくりしていた様子の匠海だったが、やがてゆっくりとジャージ越しにその細い背を撫でてくれた。
「ヴィヴィって、こんなに泣き虫だったっけ?」
からかう匠海に、ヴィヴィは頭をふるふると振って否定する。他人の前でも家族の前でも、ヴィヴィは物心ついた頃からほとんど泣いた記憶がない。
「ふぇ~ん………g&wy8a@uk9wom1lc……っ!!」
号泣するヴィヴィが何か呟いた言葉に、一人だけ聞き取れた匠海がぷっと噴き出して破願する。そんな長男に父が不思議そうに尋ねる。
「何だって?」
「あはは。『疲れた~。もうやだ! もう、おうちに帰るのっ!!』だって――」
父とクリスだけに聞こえる様に、小声のフランス語で語られたヴィヴィの意外な言葉に、二人も爆笑する。