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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第37章      

 勢いよくそう答えた匠海だったが、本当に覚えていないのか、首を傾げて見せる。しかしどう見てもすっとぼけた風な匠海に、ヴィヴィは言い募る。

「もうっ! オリンピックで~~っ!!」

「あはは、冗談だよ。ちゃんと覚えてる」

 妹の剣幕に苦笑した匠海がそう言ったのを、ヴィヴィは怪しげに見つめ返す。

「ほんとに~~?」

「ああ。『俺がヴィヴィの我儘をききまくる』っていう約束だろう?」

「なっ……!? 違う~っ!! ヴィヴィ『願い事を叶えて』としか言ってないもん!」

 ムキになって両拳を体の両脇でポンポンと叩くヴィヴィに、匠海が真顔で返す。

「同じ事じゃないか」

「むぅ…………ちがう、もん……」

 ぐっと詰まったヴィヴィは、小さく口の中でそう呟く。

 あの日「五輪で金メダルを獲ったら、願い事を叶えてくれる?」と匠海に尋ねたヴィヴィに、匠海は確かに「いいよ」と即答してくれた筈なのに。

「はは、虐め過ぎたか。ほら、座って……」

 ソファーのクッション部分に膝立ちのままだったヴィヴィに、匠海がポンポンと隣を叩いてヴィヴィに勧める。ぷうと頬を膨らましたヴィヴィは、それでも言われたとおりにソファーに座りなおした。

 そんなヴィヴィに苦笑した匠海は、ソファーから立ち上がる。そして何を思ったのかヴィヴィの目の前で、カーペット敷きの床へと片膝立ちになった。

(……え?)

 妹の前にまるで騎士のように跪くスーツ姿の匠海に、ヴィヴィは長い睫毛に縁どられた瞳を瞬く。

 ヴィヴィを見上げる匠海の整った顔が、うっとりするほど優雅な微笑を浮かべる。

 匠海は制服のスカートに置かれたヴィヴィの右手を恭しく持ち上げると、自分の大きな両手で包み込んだ。どこかの王女にでも忠誠を誓う様なその仕草に、途端にヴィヴィの乙女心が擽られて心が高鳴る。

「それで、何がご所望ですか、我が家のお姫様――?」

「…………?」

「車ですか? 宝石? それとも飛行機? もしや、お城ですか――?」

 まるで僕(しもべ)のようにそう言ってへりくだる匠海に、膨れていたヴィヴィが吹き出す。そう言えばあの時、「ヴィヴィ、車買って! とか言うかもしれないよ?」と自分は口走っていたっけ。

 ひとしきり笑った後、ヴィヴィはじっと目の前の匠海を見降ろす。

「そんなもの……欲しくはないの」
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