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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第38章
「あ……そうでしたね……」
恥ずかしい過去を思い出し、ヴィヴィは肩を竦める。最後の一人に握手をして手を放そうとした時、
「あ、わ、私――っ、ヴィヴィちゃんのファンなんです!」
中学生位の女の子が、頬を紅潮させてヴィヴィを見上げてきた。
「あ、ありがとうございます」
「今シーズンのFPのサロメ、ほんと素敵でした! オリンピックの演技、何度も繰り返してみてるくらい、大好きです! あ、あの、来シーズンのプログラムも、期待して楽しみに待ってます!」
両手でひしと握られた掌から、その子の震えが伝わってきた。見つめ返せばその黒い瞳は潤んでいる。
(嬉しい……見てくれている人にもちゃんと、楽しんで貰えてるんだ。私のスケート……)
「……ありがとう」
ヴィヴィはやっと心からの笑顔でお礼を言うことができた。
5分ほどしてようやくカメラを向けられることもなくなり、ヴィヴィと匠海は会釈して車の留めてある東急百貨店へと戻った。
ヴィヴィを助手席に乗せた匠海は、そのままどこかへ行ってしまった。
(つ、疲れた……)
ヴィヴィはシートに背を預けると、心の中でそう弱音を吐いた。
アイスショー等で観客から握手を求められることには慣れているが、それはヴィヴィのほうもお金か介在するれっきとした「仕事」として割り切っているので、求められるものには応えるようにしている。
けれど今日のように全くのプライベートで囲まれてしまうと、どう接するのがベストなのか、今でもよく分からない。
ガチャリと音を立てて運転席側のドアが開き、匠海が座った。
「どっちがいい?」
そう言って差し出された両手には、ペットボトルのオレンジジュースとノンシュガーの紅茶がそれぞれ握られていた。
ヴィヴィはお礼を言ってオレンジジュースを受け取る。ラベルには100%果汁と書かれていた。ヴィヴィは人工的に作られた味が苦手なので、選んで買ってきてくれたのだろう。
匠海は紅茶のペットボトルを開けると、1/3程飲んでドリンクホルダーへと置いた。ヴィヴィはその様子を感じながら、掌の中でペットボトルをもてあそぶ。
そして小さな声で謝罪を口にした。
「ホント……ごめんね、お兄ちゃん」
(きっとヴィヴィを楽しませようと、色々考えて連れてきてくれたのに……)