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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第39章
「ごめんな、『デート』で言うことじゃないよな……でも、ヴィヴィが言ってくれたから」
「…………?」
「『お兄ちゃん子』を卒業するって」
「……うん」
ヴィヴィは匠海から視線を逸らすと、被っていたブランケットに視線を落とす。
「クリスは? 知っているの?」
「いや、まだ言ってない。明日あたり、言うつもり」
「そっか……寂しがるよ」
「そうか?」
「うん……きっと」
目の前の夕日をぼうと見つめているヴィヴィの前で、刻々と時間は過ぎていき、見る間に赤い夕日が水平線へと沈んでいく。
漆黒の水面にまるで真っ赤な血が滲んで拡がっていくようで、ヴィヴィはふと「サロメの衣装と同じだ」と思った。
先シーズン、どうしてもFPはサロメじゃないと嫌だと言い張っていたヴィヴィに、NHKの三田ディレクターがある日聞いてきたことがあった。
『ヴィヴィちゃん……もしかして、自分とサロメを、重ねてる――?』
『……欲しくて、欲しくて仕方がないものが、あるんです……』
『欲しくて、仕方ないもの――?』
『うん……だから、惹かれたんです、たぶん――』
あの時の三田は『分かった、オリンピックの金メダルね?』と言って、ヴィヴィも『そうかも』と合わせたが、結局自分の欲しいものは誰にも知られずに済んだ。
(いや……ジャンナには、ばれちゃってたか……)
ヴィヴィはふくよかなロシア人振付師の顔を思い出し、小さく肩を竦めた。
「沈んでいくね……」
さすがに夜は寒くてミノムシ状態で頭からすっぽりブランケットを被ったヴィヴィが、ぽつりと呟く。
「そうだな……」
たき火を囲んで向こう側に座っている匠海からも、静かな相槌が返ってくる。
(お兄ちゃん……いつからイギリスに渡るんだろう……)
ヴィヴィはブランケットの端をぎゅっと握りしめる。
(学校9月からなら、8月くらいから……? それとも、イギリス支社を視察するためにすぐに行っちゃう……?)
すぐ隣にいる匠海に確かめればいいのに、ヴィヴィには怖くて出来なかった。
静かな波の音と、パチパチと燃えた木が爆(は)ぜる音だけが辺りを包む。