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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第43章
ヴィヴィの薄い唇から、ドイツ語の小さな囁きが漏れる。
何度も何度も読み返した、戯曲サロメの一節。
今では全文を諳(そら)んじることが出来る。
(私には、愛しい人の首を与えてくれる人はいない――だから、
欲しいものは、自分で手に入れるの――)
そう自分に言い聞かせるように心の中で強く想うと、ヴィヴィは匠海の下半身に掛けたままの羽毛布団を全て剥がし、床へと落した。
部屋はシャツ一枚でも十分暖かな温度に保たれているが、やはり羽毛布団の中とは温度差があったのだろう、匠海が微かに身じろぎした。
起きるだろうかとヴィヴィは静かに見守っていたが、匠海は覚醒しなかった。
ヴィヴィはベッドサイドのランプの明かりを少しだけ明るくすると、羽織っていたオフホワイトのガウンをゆっくりと脱いだ。
重力に従って足元に落ちたガウンをそのままに、薄いナイトウェア一枚の恰好でベッドのスプリングの上に這い登った。
肩幅に開かれた匠海の股の間に膝立ちに座ると、そこから匠海を再度見下ろす。
両手を拘束された匠海はさながら、古井戸に拘束されている預言者ヨカナーンの様だと思う。
男にしては長い睫毛をたたえた瞼は閉じられ、彼を愛するヴィヴィを見ようとさえしない。
「………………」
『Warum hast du mich nicht angesehn, Jochanaan?
ああ、なぜお前はわたくしの顔を見なかったのだ。
Hättest du mich gesehn, du hättest mich geliebt!
少しでも見てさえくれたなら、わたくしを愛してくれたろうに』
ヴィヴィの唇の端がくっと上がる。
(だから、見ようとしないなら、見せてあげる
――私自身が)
ヴィヴィは匠海の腹部に手を伸ばすと、薄いスウェット地のパンツの、ウェストの紐を解いていく。
前合わせのボタン三つを外すと、ボクサーパンツが見えた。
匠海の下着姿を見るなど、兄が小学生以来だと気付き、少しだけ罪悪感が芽生える。
一瞬躊躇したヴィヴィだったが、震え始めた指に叱咤を打ち、ボクサーパンツへと手を伸ばした。