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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第44章
声を掛けられた五十嵐は、いつも落ち着いた彼にしては珍しく、少し当惑したような表情で口を開く。
「おはよう、朝比奈。匠海様が今朝の便で、英国へ発たれたのでね――」
「え……?」
朝比奈は一瞬、自分の耳を疑った。
9月から英国の名門大学オクスフォードにてMBAプログラムを受講するため、当初、8月から渡英することになっていた匠海は、最近になってバースデーパーティーの翌日に渡英するスケジュールに変更になっていた。
それなのにそのパーティーをも待たずに急遽日本を発ってしまったのだから、何か英国支社でトラブルでもあったのかと朝比奈は眉を顰める。
「私もまったく知らされていなくて、先程匠海様から搭乗直前に連絡があったんだ。取り敢えず当面の生活に支障をきたさない様、必要な物を送ろうと整理しているところだ」
「またそれは……急ですね」
五十嵐の説明に、朝比奈は驚きを隠さずに呟く。
「確かにね。あ、……そうそう、朝比奈は今回のパーティーの統括責任者だったね? 匠海様は今回出席されないから、お二人だけの誕生日会となる。匠海様の来賓予定だった方には私が詫び状を出しておくから、他は任せて大丈夫かい?」
「畏まりました。しかし、残念ですね」
今回のパーティーは匠海の快気祝いと留学祝いも兼ねていたので、きっと我が主達も残念がるだろう。
二人は短い会話で伝達事項を確認すると、それぞれの主の部屋へと向かった。
五十嵐が匠海の私室へと消えるのを確認し、朝比奈はヴィクトリアの私室の扉を開く。
オフホワイトのインテリアで統一されたリビングには、しんという音が聞こえそうな程の静寂が下りていた。
昨夜はリンクへ行くこともなく早々に就寝されたようだったが、まだ起床していないらしい。
朝比奈は先に書斎にレターボックスを置くと、寝室の扉をノックした。
「お嬢様、おはようございます」
控えめな声量でそう呼び掛けてみるが、主からの返事はない。
「お嬢様? ……失礼致します」
そう断りを入れてから、朝比奈は寝室の扉を開けた。
音もなく開かれる大きな扉。そしてその先の室内には、完全なる闇が下りていた。
(おや……? おかしいな……)
朝比奈は真鍮製のノブに手を添えながら、ふと疑問に思う。