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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第44章
ヴィクトリアには怖がりなところがあり、就寝時にまったくの暗闇だと恐ろしくて寝つけなかったはず。しかし遮光カーテンがきっちりと閉められた室内には、朝比奈が立っている扉からの光以外は一つも灯っていない。
違和感を覚えながらも足を踏み入れ、窓際へと寄り遮光カーテンを開け放つ。
日が昇り始めたばかりの空から優しい光がレースカーテン越しに差し込む中、朝比奈は主のベッドを振り返った。
「………………」
黒いスーツを纏った朝比奈の肩が、小さく震えて強張る。
視線の先――、白いキングサイズのベッドの中心に、ヴィクトリアは横たわっていた。
ただそれだったらなんてことはない、普通の朝の風景。
しかし、そこには何故か行き過ぎた静寂が下りていた。
真っ直ぐに天井を向いた白く小さな顔。
髪一本さえ乱れることなく胸へと延びる黄金色の髪。
そして、何故か細い首には白い包帯が巻かれ、白いナイトウェアの半袖から延びる華奢な腕は、胸の上で神に祈りを捧げるかのように指が組まれている。
そう、朝比奈の目の前に広がっていた光景はまるで――死者への弔い。
「………………」
朝比奈は何故かゆっくりと息を呑み込む。
直ぐ傍に寄って息をしていることを確認したいと思う気持ちとは裏腹に、数十秒、朝比奈はその場から動くことが出来なかった。
しかしすぐに我に返ると、ベッドサイドに駆け寄った。
「お嬢様……、起きて下さい、お嬢様?」
初めは小さく、次は普通の声量で耳元に囁く。
けれど主はピクリとも動かない。
白いグローブをはめた手で額に触れてみると、ほとんど体温を感じなかった。焦ったようにグローブを外して今度は素手で触れるが、驚くほどその体は冷たかった。
頬の色も唇の色も、まるで紙のように白い。
朝比奈はスーツの内ポケットから携帯電話を取り出すと、発信する。
3コール後に早番の執事が電話に出た。
「朝比奈です。至急、ヴィクトリア様の寝室へ今からお伝えする物を用意してください。体温計、湯たんぽ3つ――」
内心の動揺を表に出さず、必要最小限の伝達で電話を切る。
その視界に先ほどから異質に映っていた、首の包帯が目に入る。