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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第44章
(昨夜、こんなものを巻いてはいなかったはずだが……?)
そこにこの低体温の理由があるのかもしれないと、朝比奈は静かに主の首に巻かれている包帯を指先でずらした。その指先が、びくりと小さく震える。
「なんだ……これ、は……」
そう呟いた朝比奈の、銀縁眼鏡の奥の瞳が見開かれる。
包帯を外して全容を確認しようとした時、リビングの扉が開かれる音がした。
朝比奈は何故か自分以外の者に見せるべきではないと直感的に判断し、すぐに包帯を元に戻す。
「朝比奈さん。言われたものを持ってきました。一体……?」
今日の早番は篠宮邸に来てまだ数ヵ月の新人だった。
当惑したようにそう声を掛けてきた彼に、朝比奈が指示を被せる。
「湯たんぽに巻くタオルを、バスルームから持ってきてくれますか?」
その指示に同僚が部屋を出ていく。
朝比奈はヴィクトリアの胸の上に組まれた指を解くと、その脇に体温計をセットした。15秒後、ピピピと音がして体温計を確認すると、34.5度と表示されていた。
同僚が持ってきたタオルで湯たんぽをくるみ、両脇とそけい部にあててその上から羽毛布団を被せる。
部屋の室温設定も温かくすると、同僚に、
「クリス様がもうすぐリンクへと向かわれるお時間ですので、代わりにお見送りして下さい」
と伝達しiPadを渡した。
「お嬢様の事は、どうお伝えしましょう?」
「お嬢様は本日も体調が優れない故、レッスンはお休みになると伝えて下さい」
「わかりました。失礼します」
そう言って、同僚は寝室から出て行った。
朝比奈は視線を戻すと、掌で主の頬に触れてみる。
ほんの少しだが体温が上がってきていた。
ほっとしてその手を放そうとしたとき、首の包帯の上、金色に光る何かが目に留まった。
不思議に思い指の先で摘み上げ、自分の掌に乗せる。
それはCの形に似た、金色の細い金属の欠片だった。細いチェーンの一部を成す様なそれに、朝比奈はすぐに思い当たる。
ヴィクトリアが一年程前からずっと肌身離さずに着けていた馬蹄型のネックレスが、今はその首に見当たらなかった。