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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第45章
なんと犬歯の付け歯までしている手の凝りよう。きっと朝比奈が嬉々として揃えたのだろう。
肩から下げたマントを手持無沙汰に掴んでひらひらさせていたクリスだったが、女子達がその要求を撤回しないのを悟ったようだ。
隣にいたカレンの両肩を、がしと掴んだクリスは、
「おまえの、おいしそうな、血、すってやる……」
と物凄い棒読みで迫った。そして何故か、そうやる気なさそうに迫られたカレンは真っ赤だった。
「そんなんで、吸わせられるか~!」
近くにいた男子達にそう突っ込まれたクリスは、悲しそうに血のように真っ赤なトマトジュースを飲んでいた。
「明日からロシアなんだよね?」
会も終わりに近づき、デザートに群がる友人達を見つめていたヴィヴィの傍に、振付師の宮田がやってきた。頭にはデビルの赤角のカチューシャが載っている。
「はい。先生、何飲んでるんですか?」
「赤ワイン。朝比奈に勧められた」
実は朝比奈と宮田は同い年で、双子を通じて何度か顔を合わすうちに飲み友達になっていた。その朝比奈や他の執事達は、シルクハットを被って給仕をしてくれている。そちらを見て微笑んだヴィヴィに、宮田が再度尋ねる。
「FPも曲、決めてないんだって?」
「はい……何も、思い浮かばなくて」
自分が今シーズンを通して滑る曲なのに、やりたい曲、心動かされる曲がヴィヴィには一つもなかった。
一年前の自分はあんなに『サロメ』に拘っていたのに、今ではそれが酷く遠い昔のことのように感じる。
「そっか……。僕は決めたよ、ヴィヴィのSPの曲」
「え? 何ですか?」
「帰ってきてからの、お楽しみ~」
少し酔っているのか、宮田は間延びした声でそう言って、また一口グラスに口をつけた。
「はい。先生の選んでくれる曲だったら、間違いないです。きっと、『周りが観たい私』になれると思います」
「そうだね……」
迷いなくそう言い切ったヴィヴィに対し、宮田の返事は迷っているようだった。やがてヴィヴィの金色の頭に手を乗せた宮田は、
「ま、ロシアでちょっと羽伸ばして来たら? 休暇も必要だぞ?」
と優しく諭すようにヴィヴィに言うと、少し離れたところにいるクリスの元へと行ってしまった。