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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第46章
クリスの振り付けを始めたその日のランチ。
「去年はヴィヴィのプログラムに手こずったけれど、今回はクリスね……」
と、ジャンナはらしくないことを、ヴィヴィの前でぼそっと呟いた。
「え? どうして?」
ヴィヴィは不思議そうに聞き返す。
「ヴィヴィったら、もしかして聞いてないの? クリス、今季のFP、『牧神の午後』やるのよ?」
呆れたような表情でそう言うジャンナに、ヴィヴィは灰色の瞳を見開いた。そして一瞬遅れて、
「え゛ぇ~っ!?」
と絶叫した。
牧神の午後――作曲家ドビュッシーの管弦楽曲『牧神の午後への前奏曲』に基づいて創られたバレエ。古典的なバレエの様式をすべて否定した、モダンダンスの元祖と言われる演目で。露骨な性的表現で有名な作品。
牧神が岩の上に寝そべって葡萄を食べていると、7人のニンフ(女神)が現れ水浴を始める。欲情した牧神は岩から降り、ニンフを誘惑しようとするが、ニンフ達は牧神を恐れて逃げ出してしまう。
ひとり残された牧神は、ニンフの一人が落としたヴェールを拾い上げると、それを岩に敷き、自らを慰める。
「それは、また……」
(凄いの選んだね……クリスってば……)
数日前にクリスが見せてくれた、iPad上のプログラムの最終候補に挙げていた中には、牧神の午後は確か入っていなかった筈だが。
「まあ、クリスはまだ16歳だし。フィギュアは紳士淑女のスポーツだから、バレエほどは露骨にはしないつもりだけれどね」
「そっか……確かに曲、素敵ですしね」
何度か耳にしたことがある、フルートのアンニュイな調べから始まるその曲は、とても美しい。
「まあ、クリスも16歳だし……色々思うところもあるんでしょ」
「はあ……」
ジャンナのその言葉にヴィヴィは、(好きな人でも出来たかな?)と首を傾げたが、スケート以外はいつも静かなクリスからは、想像もできなかった。
クリスの振り付けは、3日丸々かけてやっと完成した。
ジャンナもクリスもその出来栄えにとても満足そうで、通しを見せてもらったヴィヴィも、
「凄い~っ! びっくりした!」
と絶賛した。