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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第47章          

 目の前のジュリアンがそう言って悔しがる姿が、ヴィヴィにはまるで分厚い防音ガラス一枚を隔てた、向こう側のことのように思えた。

「って事だから、今日は夜の練習無しで、匠海を迎えておうちでディナーだから! さっさと帰りなさいね~!」

 ジュリアンはヴィヴィにそう言いつけると、「クリスちゃんは、何処かな~♪」と、心底嬉しそうに廊下をスキップして行ってしまった。

 一人取り残されたヴィヴィは、廊下に立っていた。

「………………」

(お兄ちゃんが、帰ってきた……)

 その事実を頭で理解するのに、異常に時間がかかった。

 匠海と過ごした最後の日から、およそ2ヶ月。

 その間、自分以外の家族と匠海は連絡をまめに取り合っていたようだ。

 それは家族の会話の端々に現れ、ヴィヴィの鼓膜と心を震わせたから。

(………………)

 東京本社の件で、父に呼び出されたのかもしれない。

 日本で、しかも本人でしか出来ない、代理人の効かない、留学の準備等もあるのだろう。

 そうだ。

 匠海が自からすすんで、自分がいる日本に戻って来る筈など、ありえない。
 
 ヴィヴィだけが、その真実を知っている。

 妹である自分が、兄である匠海を強姦したから――。

「―――っ」

 ざっと音がしそうなほど、上半身から血が引いていくのを感じた。

 食道が胃から押し上げられてきたものに苦しさを訴え、引き攣れ始める。

 ヴィヴィはバタバタと音を立てながら、近くのトイレに駆け込んだ。

 いちばん近い個室に駆け込み、逆流してくるものを吐き出す。

 何度もえずき、空っぽになった筈の胃から、それでも苦い胃液を絞り出すように上がってくる。

 苦しさから、生理的な涙がぼたぼたと零れ落ちる。

「………………っ」

 ヴィヴィは吐いた物を流すと、周りに誰もいないことを確認し、洗面台で口をゆすいだ。

 開きっぱなしの蛇口から勢いよく流れる水を見ていると、徐々に吐き気も気持ちも落ち着いてきた。

「何、吐いてるの……、泣いてる、の……」

 掠れた声がトイレに響く。

(吐きたいのは、泣きたいのは、お兄ちゃんのほうなのに……)

 ヴィヴィはぐっと締め付けられるような苦しさを訴える胸を掻き毟るように、練習着をぐしゃりと握りしめる。

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