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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第48章             

「あ……ごめんね。大丈夫。行くわ……」

 ヴィヴィははっと我に返ると、そう答えて五十嵐のほうへと近づいていく。

 踝(くるぶし)丈のナイトウェアに隠れた華奢な足が、小刻みに震え始める。

 2日前にその眼で目にした、匠海の憎悪の瞳。

 またあの瞳に曝されるのかと思うと、ひるみそうになる。

(自分がお兄ちゃんに対して出来る、唯一の贖罪。

 ――お兄ちゃんが与える『復讐』をこの身に受け止めながら、生きること。

 ……そう……解っている)

 ヴィヴィはそう心の中で唱え、自身を鼓舞すると、二人の私室の境界を潜り抜けた。

 視線の先、黒皮のソファーに、スーツを纏った長い脚を組んだ匠海がいた。

「匠海様、お嬢様がお越しです。お嬢様どうぞ、何か飲まれますか?」

 五十嵐がそう言ってヴィヴィにソファーを勧めるが、それを遮ったのは匠海だった。

「五十嵐、今日はもういい」

 いつもは低くよく響く声が、今日は少し掠れている様だった。その視線は五十嵐にもヴィヴィにも注がれていない。

「畏まりました。匠海様、ヴィクトリア様、おやすみなさいませ」

 五十嵐は折り目正しく礼をすると、二人に就寝の挨拶をして退室する。

「おやすみなさい……」

 ヴィヴィは小さな声で五十嵐に挨拶し、リビングの扉は静かに閉じられた。

 二人きりになったリビングに、重苦しい沈黙が下りる。

 ヴィヴィは匠海の目の前のテーブルの向かいに、直立不動で立ち尽くしていた。

 ギシリという皮の音をさせながら、匠海が組んでいた足を解く。そしてグレーのスーツの内ポケットから何かを取り出し、テーブルの上に放り投げた。

「なんだこれは?」

 匠海の鋭い声にテーブルへと視線をやると、そこにあったのは一枚のメッセージカード。

 それはテーブルに置かれていた、琥珀色の液体に満たされたバカラのグラスの横に、あらぬ方向を向いて止まっていた。

 内容は読まなくても分かっている。



 『明日の夜は外泊するので、どうか屋敷で過ごして下さい』 



 そうメッセージをしたためて、糊付けした封筒で自分がここに置いたのだから。

「お前に指図される覚えはない」

「……ごめん、なさい……」

 そう叱責され、ヴィヴィは何も言えずただ謝るしかなかった。

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