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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第51章      

 自分を殺したいほど憎んでいる筈の匠海に、最後に『女』として抱いてもらえた。

 それだけで、もう、満足……。

 いや、満足しなければならない。

 だから、私はこれからこの思い出だけを胸に携えて生きていく。

 これから何十年と続くであろう未来でも、きっと、耐えられる。

 だって、もう、本当に欲しくないの。

 兄以外の男の人なんて、考えることすら出来ない。

 何故なら、自分は知ってしまったから。

 自分がこの世でたった一人だけ、心から愛している匠海のその、

 美しく逞しい躰、

 自分にだけ向けられる慾を含んだ熱い眼差しを――。

(だから、ありがとう……。最後の最後に『妹』であるヴィヴィを、『女』として扱ってくれて――)

 ヴィヴィは匠海への感謝を胸に、ベッドから立ち上がろうとし、そこでふと止まった。




 いや――。


 なにかが、違う。


 なにかが、引っかかる。




(………………?)

 心の隅で何事かが引っ掛かり、けれど何が引っ掛かっているのかすらも分からず、当惑したようにヴィヴィの小さな頭が微かに傾く。

 数十秒後。

 シーツの上に這わされていた掌が、ゆっくりと黒いそれをくしゃりと手の中へ巻き込んだ。

「………………っ」

 静かな色を湛えていたヴィヴィの灰色の瞳が、一変、徐々に見開かれる。

 ひゅっと、空気を吸い込む鋭い音がしたと思うと、その数秒後。




「ふっ、……ふふ……っ」




 静かなそこに不釣り合いな、乾いた苦笑が落ちる。

(そうか……お兄ちゃん……。

 そう――、なのね……?)

 ずっとここ数日、解らなかった事。

 それに、やっと合点がいった。

 そうか。

 これが、兄が自分に与えたかった『復讐』か――。

 ヴィヴィの薄い唇が徐々に色を無くし、震え始める。




 これは、罠――だ。


 それも、とても巧妙な。




 一度口にした『禁断の果実』の味を占めてしまった愚か者は、

 永久に楽園(エデン)から追放される。

 その愚か者は、もう二度と口にすることの叶わぬ甘い夢を繰り返し夢想し、

 そしてその夢からは、その身に負った咎の様に、未来永劫逃れることは叶わない。


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