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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第56章
「ダッド、オックスフォードのカレッジ(学生街)だけど、The Queen’s Collegeにしたよ」
「The Queen’s College! そりゃあいい、ダッドもそこだったぞ。あの美しい図書館に、庭園……。生徒達の仲もカレッジの中で跳びぬけて良いから、楽しいし勉強にもなる! ただ、跳びぬけて、古いけどな……」
「そう、古いんだよね……」
ヴィヴィには分からない話を嬉々とした表情で父と語り合う匠海に、ヴィヴィは向けていた視線を外した。
もう一つ焼菓子を口にして、紅茶で飲み下すと、
「ちょっと、バスルーム(化粧室)行ってくる」
とリーヴに椅子を引かれて席を立った。
中庭から屋敷の回廊に入ったヴィヴィは、バスルームへの道中の途中、ぴたりと足を止めた。後ろに従っていたリーヴも歩を止める。
「……誰に、聞いたの?」
ヴィヴィは背を向けたまま、ぼそりと呟く。
「はい?」
「あのお菓子……レシピ、どうしたの?」
「お嬢様……?」
リーヴの声が、少し当惑気味に帰ってくる。
ヴィヴィはくるりと振り向いて、背の高いリーヴを見上げる。
「もしかして、お兄ちゃんが、用意するように頼んだの?」
「いいえ。日本の執事の方から、伝達事項として……」
リーヴは最初、きっぱりと否定したが、その後は歯切れが悪そうに言葉を継ぐ。
「……そう、五十嵐から……」
じっと見上げていたヴィヴィが、そう小さく呟けば、
「ええ、そうです。五十嵐様からです」
とリーヴが続けた。
「………………」
ヴィヴィは一つ瞬きした後、リーヴから視線を外す。
(嘘だ……。絶対、お兄ちゃんだ……そんなことにまで、気をまわしてくれるのは……)
ヴィヴィはそう、心の中で確信する。
ヴィヴィが先ほど口にした焼菓子は、見た目は違いこそすれ、味はスポンサーの武田薬品工業の管理栄養士が、考案してくれたレシピのものだった。
万が一、クリスや母ジュリアンの機転だった場合、彼らはヴィヴィに秘密にしたりしない。する必要もない。
それに昨日の匠海は、ヴィヴィの目の前に腰を掛け、ずっと菓子を睨んでいたヴィヴィの様子を見ていたではないか。
第一、双子の執事は『朝比奈』だ。『五十嵐』ではない――。