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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第56章
一時間程練習した頃、
「ヴィヴィ……お勉強の、時間……」
とクリスがいつも通り、一語一句違わない文句を、ヴィヴィにぶつけてくる。
「は~い……」
ヴィヴィは間延びした返事を返し、ヴァイオリンを片付け始めた。
「あ、そうだ……。兄さん。真行寺さんに、東大、案内してもらった……」
クリスがチェロをクロスで磨きながら、ピアノを弾き続けていた匠海に声を掛ける。
「真行寺に……? へえ……」
鍵盤から指を離した匠海が、ヴィヴィをちらりと見る。
「兄さんが、紹介したんだろう……? ヴィヴィに……」
「ああ……。そうか。俺からもお礼の電話、しておくよ」
匠海のその言葉に、クリスは「宜しく、言っておいて……」と付け加える。
「妹のマドカも、一緒に来て、ね……?」
クリスが黙ったままのヴィヴィに、そう話を振る。
「う、うん……。元気な今時の女子高生でね。ヴィヴィと同じ学部に、進みたいって」
妹にたじたじだった真行寺を思い出し、ヴィヴィが小さく苦笑しながら続ける。
「同じ学部?」
匠海がヴィヴィを真っ直ぐに見て尋ねてくる。
「うん……。法学部」
「ヴィヴィ、弁護士になるのか?」
意外そうに聞き返してきた匠海に、ヴィヴィは慌ててふるふると首を振る。
「ううん。一応、外交官……」
「成程……。向いてるかもな~」
しみじみそう呟いた匠海に視線を向けていたヴィヴィは、ワンピースのポケットに入れていたスマートフォンが震えているのに気づき、取り出して確認する。
「あ、噂をすれば……。クリス、マドカからメール……。あははっ!」
いきなり笑い出したヴィヴィに、クリスが不思議そうに近寄ってくる。
「どうしたの……?」
「『お兄ちゃん、カテキョ中! 実家に帰ってこないから、マンション押しかけてやった』だって」
ヴィヴィはメールの文章を読み上げ、添付画像をクリスに見せる。
写真の中の円は、してやったりの笑顔でペンを片手にピースをしており、その後ろに移っている真行寺は見慣れない眼鏡を掛け、困ったように微笑んでいる。