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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第58章          

 気のせいかと思いまた瞼を閉じようとした時、今度は紛れもない水音が聞こえてきた。

(え…………? もう、夜中の2時近くだけど……?)

 もしや幽霊か? と身を縮こまらせたヴィヴィの体が少し沈み、とっさにプールの底に足を付く。

 そして視線を音のしたほうへとやると、そこにいたのは、

「お、お兄、ちゃん……?」

 ヴィヴィが灰色の瞳を見開いてその人物を見返す。

 昨日と同じ黒い水着を纏った匠海が、プールに入っていく階段へと足を踏み入れていた。

(な、なんで……?)

 ヴィヴィは、先程の匠海とのやり取りなど記憶の彼方にやり、心の底からぽかんとする。

(なんで、こんな時間に、お兄ちゃんがここに……?) 

「誰かと思えば……。こんな時間に……、もう、2時だぞ?」

 匠海がヴィヴィの心の声を代弁するかのように、壁際の時計を見上げながら呆れた声を投げてくる。

「……お兄ちゃん、こそ……」

「………………」

 ヴィヴィのそのもっともな指摘に、匠海は何故か無言を突き通すと、スイムキャップとゴーグルをして、クロールで泳ぎだしてしまった。

「………………」

 プールのど真ん中で立ち尽くしてしまったヴィヴィは、取り敢えず邪魔になるかと思い、平泳ぎでプールの縁まで泳いで行った。

 そして泳いでいる匠海を振り返る。

(ヴィヴィ……たまに――ううん、最近ずっと、お兄ちゃんの考えてる事、全然分かんない……)

 優しくされたかと思えば、怖いし、助けてくれたと思えば、反対に奈落の底に突き落とすような真似をするし。

(ああもう、理解不能……。

 頭のいい人の考えることは、ヴィヴィにはよく、解りません……)

「本当は、解りたいんだけど……」

 そう小さく呟きながら、ヴィヴィのすぐ傍でターンをして泳ぎ続ける匠海を見つめていた。

 しかし数分後、

(は、恥ずかしくて、出れない……)

 ヴィヴィは違うことで頭を悩ませていた。

 もう泳ぐ気にもなれなくて、ぼうと匠海を見つめていたのだが、さすがに体が冷えてきた。

 近くにあるジャグジーに浸かりに行きたいのだが、匠海にこの貧相な水着姿を見られると思うと、ヴィヴィはこっ恥かしくて、プールから出るに出られなかった。

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