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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第58章          

「この前……? ああ……あれか……」

 ヴィヴィにちらりと一瞬だけ視線を寄越した匠海は、そう言うとまた視線を外した。

(なんだ……。もう、ヴィヴィを階段で助けたことなんて、忘れてたのかな……)

 ヴィヴィも泡立つ水面に視線を落とすと、そう心の中で思う。 

 会話はそれ以上広がらず、また兄妹の間に静寂が下りる。

(えっと、他には……っ)

「い、一緒にお風呂入ってるみたいだねっ!」

 焦ってそう思わず口にしたヴィヴィに、匠海は今度こそ真っ直ぐに視線を寄越してきた。しかも少し呆れた視線を。

「…………は?」

「えっと、その……だ、だから……」

 ヴィヴィは匠海の視線に焦ってどもる。

(最後に一緒にお風呂に入ったのなんて、ヴィヴィが小学生低学年位だったから……そ、そういう意味なんだけど……)

 心の中で必死に言い訳をするヴィヴィに対し、

「ジャグジーって、『風呂』だろ?」

と匠海は冷静に返してくる。

「あ…………」

(そうか……『みたい』じゃなくて、一緒にお風呂に入ってるのか……。

 ああ……ヴィヴィの馬鹿……何言ってんの、ホント……)

 ヴィヴィは項垂れながら、テンパりすぎの自分を叱咤する。

 また二人の間に静寂が落ちる。

「………………」

(違う……。本当に聞きたいのは、そんなことじゃないのに……)

 ヴィヴィは膝に回した両手をぐっと握りしめると、今度は押し殺した声で口を開いた。

「お兄ちゃん……」

「…………何?」

 匠海はいつの間にか、ジャグジーの縁に頭を預け、目を瞑っていた。

 濡れた髪から落ちた雫が、顎を伝って落ちるのが妙に艶めかしく見えて、ヴィヴィは俯く。

「次……いつ、帰国するの……?」

 頑張って絞り出したヴィヴィの質問に対する匠海の答えは、

「何で?」

「な、何でって……あ、会いたいから……」

「俺に?」

「……当たり前、でしょう……?」

 不思議そうな声を上げながらもまだ目を瞑ったままの匠海を、ヴィヴィは真っ直ぐに見つめる。

 いくら喧嘩したって、「キライ」等とうそぶいてみたって――会いたい。

 自分は、匠海に会いたい。

 しばらく経って、匠海はその形のいい唇を開いた。

「……年末年始……か。まあ、それも、帰れる保証も、ない……」

 その匠海の答えに、ヴィヴィは息を飲む。

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