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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第58章
涙が止まらなかった。
金色の髪から伝い落ちるプールの冷たい水と一緒に、溢れ出た熱い涙が頬を伝っていく。
背を向けているプールから、どんどん匠海の上げる水音が近づいてくる。
そしてすぐ隣で浮かび上がった匠海は、静かな水音を立ててヴィヴィの背後に立った。
「泣くか、泳ぐかどっちかにしろ……危ないだろ」
そう声をかけてくる匠海の声は、静かすぎるほど冷静なそれで、
「な、泣いてない……っ」
「嘘つけ」
「泣いてないもんっ」
ヴィヴィは自分のガキっぽい言い訳に、心底嫌気がさす。
「じゃあ、こっち向けよ」
「………………」
ヴィヴィの白くて華奢な背中が、小刻みに震えていた。
「何で泣く?」
その匠海の言葉に、ヴィヴィが背を向けたままぶち切れた。
「……――っ おっ、お兄ちゃんに会えないからに決まってるでしょっ! りゅっ、留学中ずっと会えないかもなんてっ、く、クリスだって知ったら、泣いちゃうんだからぁっ!」
「いや……。泣かないだろ、あいつは」
「泣くもん……っ」
なおもそう言い募るヴィヴィに、匠海から大きな溜め息が零れ落ちる。
「お前、もう、上がれ……」
「………………」
「おい」
「…………やだ」
ヴィヴィは拗ねたようにそう小さく返す。
「ヴィクトリア」
「へ、へとへとになるまで、眠くなるまで泳ぐって、決めたんだもんっ!」
そう可愛くない言い訳をしたヴィヴィに、匠海は呆れ果てたように、
「……勝手にしろ」
と返すと、また水音を立てて泳ぎ始めてしまった。
ヴィヴィはそのまま泣いていたが、やがて気持ちが落ち着いてきた。
(泣いたって、何の解決にもならないのに……)
ヴィヴィは手の甲で涙を拭うと、はぁと大きなため息をついて項垂れる。
妹のそんな様子に気づいたのか、泳いでいた匠海がその後ろの縁に手をかけて体を引き上げた。
「ヴィクトリア……ほんと、もう上がれって」
匠海のその声は、少し疲れているようだった。
それもその筈、もう深夜の2時半は回っているだろうし、先ほどからずっと泳ぎ続けているのだから。
ヴィヴィはふるふると頭を振る。
胸下まである濡れた髪が、背中で冷たく跳ねる。