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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第60章
「そうかなぁ~~……」
そう情けない声を上げたヴィヴィの首根っこを、ジュリアンが後ろから引っ掴む。
「ヴィヴィ。ぐだぐだ言ってないで、いい加減自分の準備なさい! ほら行くわよっ!」
「ぐ、ぐるじい……」
緊張感のない母と娘はクリスに別れを告げると、やいやい言いながらヴィヴィの準備を始めた。
(ああ、途轍もなく、緊張する……)
女子シングルのFP、最終滑走者のヴィヴィは、自分の前に滑る選手の演技を視界に入れないようにし、iPodでFPの曲を延々繰り返し聴いていた。
(結局6分間練習で、アクセルをクリーンに降りられたのは、たった1本だったし……。ここも、入り、気を付けないと……、このスパイラルは、いつも膝曲がるって注意されるな……。あぁ、アクセル以外も心配になってきた……)
ヴィヴィは何度も深呼吸をして、気持ちを落ち着かせようと試みる。そんなヴィヴィに気付いたクリスが、ヴィヴィの掌をぎゅっと握りしめ、片方のイヤホンを外してくる。
「ヴィヴィ、実況席、見て……?」
クリスが小さく指差した方向、日本の放送局の実況席には、なんとヴィヴィの大好きな浅田がいた。
「真緒ちゃんだ~っ!!」
ヴィヴィの表情がパッと明るいものになる。しかしそれも一瞬で、ヴィヴィの表情が素に戻る。
(そうだ……、ヴィヴィ、忘れてた……。真緒ちゃん言ってたじゃない……。『自分』であることからは、逃れられないって……)
「………………」
(アクセルが1回しか入れられないのも、他のエレメンツに不安を覚えるのも、全て自分のせい――。ちゃんとそこを認めて、今自分がやるべきことに集中しなきゃ。逃げちゃ、駄目だ……)
ピンク色に塗られたヴィヴィの唇が、きゅっと引き結ばれる。
「うん! ヴィヴィ、頑張るっ!」
そう力強くクリスの手を握り返したヴィヴィに、双子の兄は頷いて手を放した。
「ヴィヴィ」
ジュリアンに呼ばれ、ヴィヴィはリンクサイドの入り口に立つ。前の滑走者が礼をしてこちらに戻ってくるのと入れ替わりに、ヴィヴィはエッジケースを外し、リンクへと飛び出していく。