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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第60章          

 冷え始めた体を温めつつ、先ほど不安を覚えたエレメンツを軽く確認していく。そして、シングルアクセルを飛んでいい印象を持ったヴィヴィは、コーチとクリスの待つリンクサイドへと戻る。

「SMILE、ヴィヴィ!」

「大丈夫。自信持って、可愛いオーロラ姫、皆に見せてあげて」

 二人にそう言われ送り出されたヴィヴィは、誰もいない広いリンクを前にして、咄嗟に胸元に手を伸ばしてしまう。

 しかし――そこにはもう無い、幸運のお守りの手触り。

「………………っ」

 ヴィヴィの瞳が一瞬揺らいだ。

 整えた筈の心が、お守りがないという先シーズンとは違う心細さに、また震えそうになる。

 ヴィヴィは顔を上げてぐるりと会場中を見渡した。

 満員の観客で埋め尽くされたそこに、匠海はいるのだろうか。

(もしかしたら、お兄ちゃんはいないかもしれない……。

 クリスのFPを見て、席を立ってしまったかもしれない……。

 でも……もしかしたら、ニュースなんかでヴィヴィの演技、

 少しでも見てくれるかも知れないから……)
 
 ヴィヴィは再度胸元に両手を添えてギュッと目を瞑ると、息を吐き出して精神統一する。

 そして時間いっぱい使ってスタートのポジションに着くと、優雅な仕草で両手を上げ、夢見る少女のようにうっとりとポーズをとった。
  




『グランプリシリーズ2019、第2戦、エリック・ボンパール杯。女子シングルの最終滑走者、篠宮ヴィクトリア選手の登場です。浅田さん。今の篠宮選手の様子、どう映りますか?』

「そうですね。とても緊張しているように見えます。アクセルなど不安要素はあると思いますが、落ち着いて滑って欲しいですね」

『現時点では、地元フランスのアナイス・ベンタン選手がトップ。会場内に篠宮選手の名前がコールされました。コーチと双子のお兄さんとの確認を終え、今リンクへと向いました。FPへの演技に向けて集中していきます』

「時間いっぱい使って、気持ちを落ち着けているようです」

『淡い薔薇色の衣装に身を包んで、篠宮選手。今宵、超満員の観客に、夢のような世界を見せることが出来るか――。曲はチャイコフスキー作曲、バレエ『眠れる森の美女』より』

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