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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第60章
泣きそうな顔に変化していくヴィヴィの顔から視線を外した匠海が、静かに続ける。
「……送ってやるから、自分のホテルに帰りなさい。ちょっと待ってろ……、今コート取って――」
そう行って部屋の中へと引き返そうと、身を翻した匠海のシャツの袖を、ヴィヴィが咄嗟に摘まむ。
指先が震えているのが分かった。
否――ヴィヴィの躰も心も全てが、匠海の前で震え上がっていた。
振り返った匠海の顔を目にするのが怖くて、ヴィヴィはすっと俯く。
顔から火が出そうなほど、火照っているのが分かる。
けれど、ヴィヴィは懸命にその薄い唇を開いた。
「……ヴィ、ヴィ……、と、泊まっても、いい……?」
必死に絞り出したその声は、蚊の鳴くような小さなものだった。
その声は匠海に届かなかったのか。
ヴィヴィに摘ままれた袖もそのままに、匠海はヴィヴィの前に直立不動で立っている。
そのまま数十秒経過し、ヴィヴィはやはり聞えていなかったのかと、もう一度口を開こうとしたが、それは匠海が一歩ヴィヴィに近づいたことで遮られた。
部屋と廊下の境界線を挟んで、ヴィヴィのすぐ目の前に立った匠海が、口を開く。
「……ああ……、勿論……」
そう、とつとつと零される匠海の声が、一言一言、低いものへと変化していく。
そして匠海はヴィヴィの耳元へ顔を寄せ、最後の言葉を言い放った。
「お前に、その覚悟があるなら――な」
耳元で小さく囁かれた声音は、低すぎて掠れているそれ。
ヴィヴィの華奢な躰がぞくりと震える。
「……――っ」
(お兄、ちゃん……? それって……。
その覚悟って……)
匠海は立ち尽くしたヴィヴィに、一切手を出そうとしなかった。
部屋と廊下の境界線を挟んで対峙する、兄と妹。
それはまるで、これからの二人の運命を、妹である自分の判断に委ねているかのように、ヴィヴィには思えた。