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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第11章            

 ヴィヴィは何度も弾いたこの曲を暗譜していた。

 目蓋をつむり、オスティナート・バスと呼ばれる執拗なリズムに乗り、

 興奮が高まったり緩んだりを繰り返しながら、徐々にクライマックスへと向かって行く。



 そう言えば、この曲を一番最初に聴かせたのも、お兄ちゃんだったけ。

 その頃はまだ和音が綺麗に弾けなくて、散々な出来だったのに。

 「良かったよ」と言って、あの大きな暖かい掌で頭を撫でてくれた――



 兄とは休暇の英国で肩に触れられて以来、スキンシップは皆無だった。

(あの大きな掌で、長い指で……ヴィヴィの髪に、頬に……。唇に、触れて欲しい――)

 最後の変奏を奏で、10分程の曲を弾き終え。

 ゆっくりと弓を降ろしたヴィヴィは、目蓋を開けた。

 1人、拍手を送ってくれている音がした。

 己の視界、リラックスした様子で演奏を聴いていたジャンナの姿が入る。

 しかし彼女の両手は、膨らんだお腹の上でゆったり組まれていて。

(……え……?)

 不思議に思い視線を彷徨わせると、ジャンナの斜め後ろに立っていた匠海が目に留まった。

「…………っ!?」

 その途端、不整な波動を立て始めた心臓。

「ヴィヴィのヴァイオリン、初めて聴いたけれど中々の腕前ね? これはスケーターではなく、こちらの道に進ませた方が良いのかしら?」

 ジャンナが悪戯っぽく、背後の匠海を振り返れば。

「いえ、まだまだですよ。でも中学1年の頃に聴かせて貰った時よりは、格段に上達しましたね」

 振付師のお世辞に苦笑しながらも、匠海は何故か嬉しそう。

「お、お兄ちゃん……っ いつの間に、入ってきたの……?」

 声が震えぬよう懸命に注意しつつ、兄に疑問をぶつける。

 確かに集中して弾いてはいたが、さすがに扉の開閉音ぐらいなら気付けた筈だ。

「入ってきたんじゃないよ。最初からいたの、ミキサー室に」

 瞳を細めた兄は、奥の一角を指さす。

 防音室には母・ジュリアンがフィギュア用に曲を編集する為、小さなミキサー室があった。

 隔離された小部屋になっている為、人がいても出て来ない限り気付けないのだ。

「あ……そう、なんだ……。邪魔してごめんなさい……」

 先客の匠海に気付けず、勝手に演奏を始めてしまった事を謝罪し、

 ヴィヴィは急いでヴァイオリンを片し始めた。

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