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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第62章
「今季、篠宮選手は3回転アクセルが不調というニュースが、巷では飛び交っておりました。試合直前の今、調子はいかがですか?」
もはや何処に行っても、家族や友人以外の人物と話していれば必ず尋ねられるその質問に、ヴィヴィはもう惑わされない。
「1ヶ月前のフランス杯の後から、格段にアクセルの確率が上がりました。NHK杯でも構成に入れる予定でいます」
しっかりとアナウンサーの目を見て答えたヴィヴィに、さらに質問が被せられる。
「アクセルの復調のきっかけや理由を、お聞かせ頂けますか?」
その質問に、ヴィヴィはゆっくりと自分の胸元へと指を添えて、息を吐くように小さく呟いた。
「……Secret――」
「はい……? 秘密、ですか?」
「はい。秘密――です」
ヴィヴィがそう言ってあまりにも綺麗に微笑んだので、アナウンサーはそれ以上追及することが出来なかった。
11月16日。
グランプリシリーズ、NHK杯、初日の女子SP。
ヴィヴィは6分間練習を終え、最終滑走者として自分の順を待っていた。
軽くストレッチをしながら聴いているのは、もちろん今季のSP使用曲。
戯曲『ペール・ギュント』の為に書き下ろされたその劇音楽は、自由奔放な主人公ペールが旅に出て、年老いて帰ってくるまでの一連の物語。
その中で、ヴィヴィがSPで用いるのは『山の魔王の宮殿にて』。
魔王の娘に結婚を申し込んだペール。
そのニュースは、魔王の宮殿にいる手下のトロルに、一人、また一人と広められる。
どんどん興奮していくトロル達。
最後は彼らの怒りが頂点に達する様子――を描いている。
この曲には音楽性や叙情性は、存在しない。
頭を2つ、3つ持つ恐ろしい化け物や、醜い小人、魔女など、様々なトロル達の興奮する様と、薄気味悪さだけが描かれている。
振付師の宮田に、選曲から振付までの全て任せたヴィヴィだったが、正直、なぜこの曲を渡されたのか分からなかった。
ヴィヴィは小さく息を吐きながら、瞼を閉じる。
「………………」
(宮田先生なら、『周りが見たい理想の自分』となれるプログラムを、作ってくれると思ったの……)