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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第67章
闇が下りたその部屋で、動いたものはその一つだけだった。
しんと怖いくらい静まり返った部屋には、他に生気を感じるものの存在はなかった。
ぎしりと鈍い音を立てた匠海は、休んでいたソファーから降りると、暗いその部屋をゆっくりと見渡す。
暗いといっても全面ガラス張りのそこは、外から東京の煌びやかな夜景が望め、少しばかりの光も差し込んでいた。
裸足のままの匠海は、開け放たれたままの扉に気づき、そちらへと歩を進める。
トリートメントルームにも暗がりが広がっており、匠海は手近にあったバスタオルを掴み、腰に巻きつけた。
そしてその部屋にもさっと視線を通すと、併設されているシャワールームへと入っていく。
すぐに出てきた匠海は、トリートメントルームの前室、今日のスパのコースの説明を受けた部屋へと足を踏み入れるが、数秒後には出てきた。
「…………はぁ」
形のいい唇から溜め息が漏れる。
当惑した表情で近くのスパ用のベッドに凭れた匠海は、くしゃりとその髪を手で掴んで俯いた。
しかしその俯いた視線の先、白い何かが床にあることに気づき、匠海がはっと顔を上げる。
恐る恐る近づいてみると、それはガラス張りの窓際にへたり込むように座り、眼下を見下ろしているヴィヴィだった。
その小さな背に腕を伸ばして胸に抱きしめた匠海は、小さく息を吐いた後、呟いた。
「居なくなったかと、思った……」
ほっとしたようにも、困惑したようにも聞こえるその声に、ヴィヴィが呟く。
「……どうして……?」
「………………」
その問いに返事を返さない匠海に、ヴィヴィは続ける。
「ヴィヴィは、お兄ちゃんの傍にいるの……」
「……ヴィクトリア……?」
何故か掠れた声で自分の名を呼ぶ匠海に、ヴィヴィは何でもない事のように呟いた。
「ずっと、傍にいるの……」
その妹の様子に、匠海が困惑した様にその顔を覗き込んでくる。
その灰色の瞳は確かに開いているのに、光を捉えていない様な、何も映していない様な、空虚なそれで、
匠海はずっと、後ろからヴィヴィの躰を抱きしめ続けることしか出来なかった。