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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第68章
『お子ちゃま』『べーべちゃん』に加え、『経済観念0』『世間知らず』『天然』という肩書が今更加わろうが、もうどうでも良かった。
匠海がチェロを弾き始めたので、ヴィヴィは全然手を付けていなかったピアノを弾き始める。
なんだかやるせなかったので、取りあえず、ベートーベンの『悲愴』を弾いておいた。
(さて……先生に言われた練習曲……)
ヴィヴィは壁に据え付けてある本棚から楽譜を選び出すと、漆黒のグランドピアノの譜面台にセットする。
クロード・ドビュッシーの『喜びの島』。
この曲はドビュッシーの他のどの作品よりも、情熱的で華やかさと力強さに満ち溢れている。
ヴィヴィは初めて聴いたその時から、この曲の虜となってしまった。
息つく間もなく続く急速なパッセージや、ピアノの鍵盤の端から端まで用いて奏でられる圧巻の終結部は,何度聴いても胸が熱くなる。
(技巧的には、まあ問題はないんだけど……。ねえ……)
そういうヴィヴィの指先から、奏でられる音は――、
「ヴィヴィ……。お前、酷いにも程があるだろう……」
ヴィヴィの演奏を30秒ほど聴いた匠海が、そう言いながら妹の肩に手を置いた。
「……はぁ……」
鍵盤上の細い指先を止めたヴィヴィは、小さくそう呟く。
「お前、曲名、読んでみろ」
匠海はそう言うと、握ったままだったチェロの弓の柄で、譜面を指し示す。
「喜びの……島……」
「それを念頭に置いて、もう一度弾いてみて」
「……はい……」
ヴィヴィはまた冒頭部を弾き始める。
右手だけのそのパッセージは、全音階と半音階のミックスされた、ドビュッシー独自の音世界を表しており――。
「STOP……。やる気あるのか……?」
そう匠海に頭ごなしに言われ、ヴィヴィは膝の上で両手を握りしめる。
「とっても……ある……つもり……」
(っていうか、先生に課題として出された曲だから、練習しないと……)
「お前の演奏は何度聴いても、『混沌』の島……にしか聴こえない」
「………………」
匠海のその散々な評価に、ヴィヴィは口を噤む。