この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第68章
妹など視界にも入っていないように、アルペジオ(分散和音)を弾き始めた匠海に、ヴィヴィはしょうがなく、譜面台に置いた『グノシエンヌ』の楽譜を取り上げた。
(……なんなの……もう……)
それを本棚に直して、ちらりと自分のヴァイオリンが置いてある場所に視線をやるが、
(どうせ……ピアノと同じ状態になるんだろうな……)
そう思い、肩を落として防音室の扉まで歩いていく。
防音室特有のノブを回そうとした時、ヴィヴィの手が止まった。
ゆっくりと振り返った先、グランドピアノを弾く匠海から、奏でられるのは――『喜びの島』。
冒頭のp(ピアノ)のトリルからして、先程のヴィヴィの演奏とは、音の輝きが天と地の差ほど違う。
喜びの島へと向かう小舟の、そのオールを漕ぐ様子が伝わってくるような、写実的な一面を表現したかと思えば、恋に我を忘れ、浮足立つ心情も豊かに描写されている。
その匠海の音に、ヴィヴィの心も軽やかに高鳴り始めたが、それも一瞬で。
「………………っ」
ヴィヴィの灰色の瞳が、徐々に落ち着きを無くした様に細動し始める。
(今のヴィヴィが見失っている『喜び』。
けれど、お兄ちゃんの中には『喜び』があるんだ……。
それも、こんなにも溢れんばかりに――。
お兄ちゃんの中のそれは、一体、
何処、に、あるの?
何、に、あるの?
誰――に、ある、の……?)
「……――っ」
ヴィヴィはひゅっと息を呑むと、防音室の扉を開いて退室した。
焦って扉を閉めると、先程まで自分の躰に纏わりつくようにあった匠海の音が遮断され、ヴィヴィはほっと胸を撫で下ろす。
胸の前で組んだ両手が、微かに震えていることに気づき、ヴィヴィはそれをぎゅっと握りしめて歩き出した。
(考えちゃ、駄目だ……、
考えたら、悪い方向にしか自分の思考は向かわない、
考えたら、もう……正気では、いられない――)