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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第68章           

 妹など視界にも入っていないように、アルペジオ(分散和音)を弾き始めた匠海に、ヴィヴィはしょうがなく、譜面台に置いた『グノシエンヌ』の楽譜を取り上げた。

(……なんなの……もう……)

 それを本棚に直して、ちらりと自分のヴァイオリンが置いてある場所に視線をやるが、

(どうせ……ピアノと同じ状態になるんだろうな……)

 そう思い、肩を落として防音室の扉まで歩いていく。

 防音室特有のノブを回そうとした時、ヴィヴィの手が止まった。

 ゆっくりと振り返った先、グランドピアノを弾く匠海から、奏でられるのは――『喜びの島』。

 冒頭のp(ピアノ)のトリルからして、先程のヴィヴィの演奏とは、音の輝きが天と地の差ほど違う。

 喜びの島へと向かう小舟の、そのオールを漕ぐ様子が伝わってくるような、写実的な一面を表現したかと思えば、恋に我を忘れ、浮足立つ心情も豊かに描写されている。

 その匠海の音に、ヴィヴィの心も軽やかに高鳴り始めたが、それも一瞬で。

「………………っ」

 ヴィヴィの灰色の瞳が、徐々に落ち着きを無くした様に細動し始める。

(今のヴィヴィが見失っている『喜び』。

 けれど、お兄ちゃんの中には『喜び』があるんだ……。

 それも、こんなにも溢れんばかりに――。

 お兄ちゃんの中のそれは、一体、

 何処、に、あるの?

 何、に、あるの?

 誰――に、ある、の……?)

「……――っ」

 ヴィヴィはひゅっと息を呑むと、防音室の扉を開いて退室した。

 焦って扉を閉めると、先程まで自分の躰に纏わりつくようにあった匠海の音が遮断され、ヴィヴィはほっと胸を撫で下ろす。

 胸の前で組んだ両手が、微かに震えていることに気づき、ヴィヴィはそれをぎゅっと握りしめて歩き出した。




(考えちゃ、駄目だ……、

 考えたら、悪い方向にしか自分の思考は向かわない、

 考えたら、もう……正気では、いられない――)







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