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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第70章
先程までとは正反対にしんと静まり返った寝室で、ヴィヴィは床にへたり込んだまま、動かなかった。
唯一、着物の袖から伸びた白い腕が、先程まで必死に縋り付いていたベッドの黒いシーツを、くしゃりと音と立てて握りしめる。
(掻き出せばいいって……して、くれないじゃない……)
弛緩していた口元が引き結ばれ、その奥の歯がぎりりと噛み締められる。
(こんな……、まだ皆が起きていて、誰が来るかも分からないのに、
そんなところで抱くなんて……っ)
灰色の瞳に浮かんでいた絶望の色が、徐々に色を変え、心の奥底から沸き起こる憤りに、濁り始める。
(確かにピル飲んでるけれど、
お兄ちゃん、一回も避妊してくれたことないじゃないっ
いつもヴィヴィばっかりで……っ)
小さな顔が屈辱で歪み、着物を纏った華奢な躰がぶるぶると憤りに震え始める。
かたん。
鼓膜をその小さな音が震わした瞬間、ヴィヴィははっと息を飲んで顔を上げた。
「……――っ」
ヴィヴィの顔から、さあと血の気が引いていく。
(……ヴィヴィ……、なに、考えて……)
自分の思いに愕然とした。
好きなのに、大好きで愛してるのに、こんなにも匠海に対して言えない事を溜め込んで。
(お兄ちゃんの欲望だけを受け止めて……。
ただそれだけの存在にしかなれなくて。
こんなの……本当に『人形』以外の何物でもない……)
『人形』になってでも兄に捨てられたくないと縋ったのは自分なのに、実際にはその扱いを受けて憤りを感じてしまう自分。
自分は、人間として、どこか欠陥があるのだろうか。
だから兄は、自分を女として愛してくれないのだろうか――。
心の中が飽和状態だった。
『飴と鞭』。
与えられるその落差が余りにも激し過ぎ、どこが真ん中で、どれが普通で、平均が何なのかさえ、分からない。
自分が何を望んでいるのかさえも、解らない。
(………………)
握りしめていたシーツから、力の抜けたヴィヴィの手が床へと落ちる。
カーペット敷きの寝室の床を、こちらへと歩いてくる音がしているのに、ヴィヴィはぴくりとも動けなかった。