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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第72章
1月3日。深夜0時。
ヴィヴィはその日の予定を全て終えると、就寝準備も済ませ、もふもふのルームウェアを纏っていた。
ラベンダーピンクとホワイトのボーダーのそれは、パーカーとショートパンツのセットで、着心地抜群。
長い袖から覗いている両手で拳を作ると、ぎゅっと胸の前で握りしめる。
「うんっ! 明らかに今のヴィヴィは、もふもふの物にくるまれて『幸せ』だ!
ディナーも大好きな和食で、イサキのお刺身も美味しかった!
お腹いっぱいで、体も『喜んでいる』!
だから、いける! 今日のヴィヴィは、いけます――っ!!」
何故か一人でそう意気込んで向かったのは、1階にある防音室。
明日、ピアノの講師が来るというのに、課題曲が全く仕上がっていないのだ。
漆黒のグランドピアノの譜面台に乗せられたのは、ドビュッシーの『喜びの島』。
数日前、匠海に『混沌の島』と揶揄(やゆ)された曲だ。
「っしゃ――っ!!」
ヴィヴィは鈴を転がした様な可愛らしい声なのに、ヤンキーの如き言葉使いで、べちりと両手で頬を叩き、気合いを入れる。
そして白黒の鍵盤の上に、その細い指先を乗せた。
足元のペダルに乗せられるのは、こちらももふもふなニーハイソックスを履いた、細いつま先。
心の中で今まで感じた『喜び』を思い出しながら、右手で冒頭のトリルを弾き始める。
(ええと、ヴィヴィが『喜び』を感じるのは――、滅多に出来ない二度寝でしょ? 家族でJAZZ演奏してる時、皆揃ってのディナーに、クリスの髪を指で梳く時、友達とバカ話してる時に――)
そんな事を考えながら弾いていると、確かに奏でられる音色が変わってくる。
まるでポップコーンがポンポン弾ける様な、鮮やかな打ち上げ花火が夜空にぱっと広がる様な。
(ちょっと、弾け過ぎかもしれないけれど……『混沌』よりは、ましな筈……)
そう思いながら弾き終ると、ヴィヴィはほっと息を吐き出した。
「とりあえず、これで良し……」
満足はしていないが、及第点といったところか。
譜読みをしてからもう一度弾こうと、楽譜に手を伸ばした時、
「ああ、ここにいたのか……」
そう言って防音室の扉を押し開いて入ってきた匠海は、濃紺のスーツ姿だった。
明日渡英するので、今日は本社に出向いていたらしい。