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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第72章             

「おかえりなさい。『ピアノ弾いて待ってる』ってメールしたんだけど、探させちゃった?」

 ヴィヴィはそう言うと、もふもふパーカーのポケットから、スマートフォンを取り出す。

「ただいま。……悪い、メールチェックしてなかった」

 匠海はそう言いながら、ヴィヴィのいるピアノの近くまで歩いてくる。

「あれか? ドビュッシー?」

 そう呟きながら、匠海はヴィヴィの座っている長椅子の隅に、反対向けに腰かけてくる。

「うん。明日、先生来ちゃうから」

 ヴィヴィはそう答えながら譜面をくる。

「少しはマシになった?」

「……少しは。……ねえ、お兄ちゃん。もう一回弾いてみせて?」

 自分の横に座った匠海を見上げ、ヴィヴィはそうおねだりしてみる。

「お前……疲れて帰ってきた俺に、なんて事を」

 げんなりとした表情の匠海に、ヴィヴィは駄目押しする。

「ヴィヴィ、この前聴いたお兄ちゃんの演奏、好き。……駄目……?」

「いいよ。今日で最後だからな」

 意外にもあっさりOKしてくれた匠海は、長椅子の上でくるりと体を反転すると、鍵盤に向き直った。

(『今日で最後』……? あ、明日帰るからっていう意味か……)

 ヴィヴィは演奏の邪魔にならないように立ち上がると、兄の後ろに立った。

「……お兄ちゃん、肩幅広いね……」

 スーツを着ているからだろうか、裸の時より広く見える気がする。

「普通だろう?」

 そう返してくる匠海の両肩に、ヴィヴィはそっと両手を添えた。

「ヴィヴィより、全然広い……」

「当り前だろう、お前は女の中でも、更に華奢なほうなんだから」

 匠海はそう言うと、『喜びの島』を弾き始める。 

 冒頭の、船のオールを漕いでいるかの様なテンポ感、透き通った水面の様な瑞々しい音、そしてそれらを裏付ける卓越した技巧。

 それらを聴きながらも、ヴィヴィの思考は別のところにあった。

(ヴィヴィ、ずっとお兄ちゃんの背中を見て、大きくなってきた気がする。

 いつもこの背を追い駆けて、呼んだら振り返ってくれる笑顔が嬉しくて、

 抱っこしようと差し伸べられる大きな両手が、大好きで……)

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