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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第72章
成長してないのだと思う、自分の心は、その頃から。
だって、今でも抱き付きたくなる、この大きな背中に。
セックスとか、そういう事とは無関係に、ただただ、縋り付いていたい。
「ヴィクトリア……、弾きにくい……」
曲を奏でながら、静かにそう呟く匠海の声で、ヴィヴィはいつの間にか、自分が兄の背中に抱き付いているのに気付いた。
両腕を匠海の首に緩く巻き付け、小さな胸も平らな腹も、ぴったりと兄の背中にくっ付けて。
高い鼻を兄の耳に押し付けるようにして甘えたヴィヴィは、その下の唇で囁いた。
「……このまま、弾いて……」
(お兄ちゃんの中の『喜び』を、ヴィヴィに、分けて……)
「困った子だ……」
そう呟いて苦笑した匠海は、それでも5分ほどのその曲を、妹に抱き付かれたまま弾いてくれた。
最後の低く深い音を鳴らせた匠海の指が、白い鍵盤の上で止まる。
(終わっちゃった……)
ヴィヴィは残念に思いながら、兄の首に巻きつけていた両腕を解こうとしたが、その腕は匠海によって掴まれて。
「この曲はドビュッシーが、恋人のエンマ・バルダックと訪れた、ジャージー島という場所で作曲された。恋をする喜びが素直に表された名曲――だろう?」
ヴィヴィは、匠海が声を発するたびに震える咽喉の感触を、布越しに感じていた。
「……うん……」
静かに頷いたヴィヴィを、前を向いたままだった匠海が、首だけで振り返って見つめてくる。
「つまり……、ヴィクトリア、セックスしようか?」
「…………へ?」
ヴィヴィは目の前の匠海の灰色の瞳を見つめながら、間抜けな返事を返す。
(な、なんで……?)
この話の流れで、どうしてそこに結論が導かれるのか、ヴィヴィには全く理解できない。
「お前、知らないのか? ドビュッシーは草稿に、いけしゃあしゃあと『この小節は、これを書き取らせてくれた、私の可愛いバルダック夫人によるものです』と書き留めている。つまり――」
そこで言葉を区切った匠海は、ヴィヴィの耳元に唇を寄せ、囁いた。
「エンマとセックスした気持ちよさ、を表現しているんだよ、この曲は――」
「……――っ きょっ、曲解すぎるよっ!」
※ 曲解:物事や相手の言動などを素直に受け取らないで、
ねじまげて解釈すること。