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禁断の果実 ―Forbidden fruits― 第1部
第72章
(あの頃は、まだ無邪気に「好き、大好き」とお兄ちゃんへの愛を囁けた。
もしかしたらお兄ちゃんが、自分を女として愛し始めてくれているかもとさえ、
思えていた……。
そんな事、絶対に、ある筈も無いのに――)
単音の連音符が連なる先、和音の連音符が華やかに鳴り響く。
左右交互の32分音符をfff(フォルティッシッシモ)で走り抜け、最後の音を響かせたヴィヴィの指先が、鍵盤の上に落ちる。
ゆっくりと視線を上げると、匠海は近くのソファーの背に凭れ掛かり、こちらを見ていた。
「いいよ、とても魅力的な演奏だった。でも困ったな……、これをピアノ教師に聴かせたら、発情してお前を襲ってしまうかもしれない」
そう心底困ったように、スーツの胸の前で両腕を組んだ匠海に、ヴィヴィはふっと苦笑する。
「それは、絶対にないから、安心して……」
そう続けたヴィヴィは、肩を竦める。
「どうして?」
不思議そうに尋ねてくる匠海に、ヴィヴィは一気に捲し立てる。
「こんなつるぺたで童顔なヴィヴィの躰に性的に興味が湧く男の人なんてこの世でお兄ちゃんだけだから」
そう一息で言い切ったヴィヴィの大きな瞳は、文字通り据わっていた。
「……ふうん。シャワー浴びるから、俺のリビングで待っていなさい」
匠海はいきなりそう話題を変えると、凭れていたソファーの背から体を離した。
「え……? リビング……?」
(寝室、じゃなくて……?)
「晩酌、付き合って?」
「え? あ、うん……」
ヴィヴィが頷いたのを確認し、匠海は防音室を出て行った。
ピアノを磨いて片付け、防音室を後にしたヴィヴィは、匠海の私室への扉を開けた。
そこには五十嵐がおり、リビングのテーブルの上に、お酒やつまみを用意していた。
「お嬢様、まだお休みになられないのですか?」
振り向いた五十嵐は、ヴィヴィに目礼するとそう尋ねてくる。
「あ、うん。ヴィヴィ、お兄ちゃんの晩酌のお相手を、任命されましたっ!」
そう勢いよく言って、何故かおでこの前でぴしと敬礼して見せたヴィヴィに、五十嵐が微笑む。