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花籠屋敷
第3章 来客の号外
話が弾んできた時、隣の女中達から黄色い矯声が上がった。

「本当よ!本当。あの藤丸が来るんだって!」

「身買いされるかな?」

「あんたじゃ無理よ。藤丸様よ!」

「夢くらい見ても良いじゃない!」

桔梗は内容がわからず呆気に取られた。女中達の話は熱を帯びていくのだった。

「ああ、あれね…なんか今度今人気鰻登りの歌舞伎役者がウチに来るんだって…縞園藤丸って人なんだけど…ほら新聞のこの人、この人…」

野菊の指先に涼しい顔をした青年の写真があった。切れ長の目でほっそりした顔。女中が憧れるのもしょうがないと桔梗は思った。
長い髪を結い上げている姿は役者然で色香がある。

「カッコイイ人だね…」

「桔梗もやっぱり憧れる?」

意味深に唇を釣り上げる野菊を見ると、桔梗は慌ててまくし立てた。
「いや、男性としてカッコイイって思うだけで!憧れるとか、こう、皆の様な憧れるとは違うから!」

「あっははは!そんなムキにならない!わかったから!」
急に弁明する桔梗の姿を野菊はお腹を抱えて笑った。自分のチグハグな状況を笑われ桔梗は少し唇を強く結んで不機嫌な顔をした。

「ごめん、ごめん!…これっ…お菓子上げるから、機嫌直して」
クスクス笑いながら野菊はチョコレートを手渡して来る。

「もう…本当は馬鹿にしてるんだろ!…こっちは真剣に悩んでるのに!」

桔梗は頬を膨らませる。桔梗自身にとっては大きな悩みだった。自分の、性別の不一致感…仕事と割り切れと言われても。いざ意識させられると、それは桔梗を苦しめた。

「ごめん、本当に怒った?」

「ううん…大丈夫。」

野菊が本当に申し訳ない顔をしていたので、桔梗は表情をゆるめて貰ったチョコレートを頬張る。濃密な甘さが口の中で蕩ける。
チョコレート自体食べた事無かった桔梗は、その美味しさに驚いて、怒っていた事も忘れてしまった…

「野菊…これ…何?」

「チョコレート、西洋のお菓子」

「凄く美味しい」
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