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第3章 来客の号外

「あたいも桔梗の気持ち分かるぜ。あたいもあんまり身買いされたく無いんだ」

ワゴンを押しながら石楠花が話しかけてくる。

「何か、男の下になるのが嫌だ。凄い恥ずかしいし、所詮女は男に勝てないって屈服させられてるみたいだ」

石楠花はそう言って首を傾げる。桔梗は何につけても競り勝とうとする石楠花の考えを不思議に思った。

「見た！本当に来てたわ！」

「私も！今運動場に居るんだって！」

後ろで女中の黄色い声を聞く。何人か速足で運動場への通路を渡って行った。

「何か今日、屋敷騒がしいね」

「歌舞伎役者が居るんだろ〜。あたいは歌舞伎より歌舞伎揚げが欲しいぜ〜！歌舞伎は見ても腹が膨れん」

「あははっ、石楠花は花より団子だね」

「生きるためには花より団子！飯を食わなきゃ戦が出来ぬ！」

二人は、そんな軽い会話をしながら洗濯場への道を進む。湯屋の入り口を右に抜ければ外へ通じる。屋根だけがずーっと続くレンガ道だ。
石楠花のワゴンがガラガラと音を立てて進む、右手に見える運動場は女中が囲み黄色い声援を送る。
屋敷は未だ増築中だ。新しく作られたコートで若い男二人がラケットを片手に黄色いボールを打ち合っていた。

「桔梗ちょっと見に行こうぜ。庭球面白そうじゃん。見て覚えて今度やろうぜ」

言うが早いか石楠花はワゴンの向きを変えてコートへ向かう

「石楠花！洗濯は！」

「ちょっと見るだけ！一刻一刻！一試合見てルール覚えたい！」

桔梗は困った顔をするも、石楠花について行く…結局自分一人だけ仕事を終えても仕方が無い。

テニスコートの近くに行くと野菊の姿もあった。どうやら他の友人に連れてこられたらしい。野菊も石楠花と桔梗の姿を見つけて手を振る。

「あっ、野菊だ！桔梗行こうぜ…前列！前列！」

女中を押し退けて前の方に進むのは気が引けるものの、女中達は其れよりも目の前の試合に夢中なようで、上手く前に隠れられた。

「二人とも藤丸様目当て？」

「あたいはテニス！」

「私はお守り…」

「全然興味無いのね二人とも。二人らしいけど、もうかれこれ一時間位打ち合ってるわ左が今話題の縞園藤丸様。右は親友で演劇役者の笠松義秀様ね」