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影に抱かれて
第5章 甘く、苦い……
あの出来事をどう思ったのかは分からない。そして今どういう気持ちでリュヌを送り出すのかも……。
それでもリュヌは、〝また必ず会おう〟ジャンがそう言ってくれているような気がしてならなかった。
いつ帰れるのかも分からない。卒業後は奉公に出され、もう二度とここへは帰れないかもしれない。
でも、立派な人間になったら……もしかしたら。リュヌはそんなかすかな希望を胸に抱いていた。
馬車に乗り込み、いよいよ出立するという時……伯爵家の建物を窓から見て、溢れる想いが涙となって零れそうになる。自分が生まれた家を知らないリュヌにとって、このお屋敷はおこがましいが故郷とも言える場所だった。
リュヌの全ての時間はこの場所で流れていた。
常にジュールと共に……
こんな形で二人が離れ離れになるなんて想像していなかった……そう考えるとまた涙が出そうになるが、いつまでも泣いていられないとリュヌは歯を食いしばる。
最後に交わしていた会話が、二人にとって初めてと言っていい……口論だったことが悔やまれてならない。
それが例えリュヌにとって譲れない想いからの言葉だったとしても、今まで一緒に過ごしてきたかけがえのない時間と比べると、それは悲し過ぎると思えた。