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第5章 『現実』
だが、微かな抵抗を試みた。 ちょっとだけ手でNの胸を押す。 見上げた場所には、眼鏡の奥にじっと見つめる瞳が二つ。
身震いが起きる。

震える声が告げた。心の内を。見つめられると、上手く言葉は話せない。

「気持ちは、嬉しいけど。今は…待って。私が話せ…ないから。恥ずかしくて、駄目。」

それに口端の独特な笑みを浮かべて、言われた言葉にさらに脈を上げる。

「僕に逢いたかったって、絢音も言って。そうしたら、我慢して離してあげるよ。」
この人はなんて、見掛けと違い情熱を隠さないのだろう そう思った。自分はある情熱を、さらけ出すまでに時間がかかるタイプだと言うのに。

困って、胸に顔をうめて、せめても見られないようにしてから言葉をはいた。

「私も、抱きしめられて いえ多分貴方を目にした最初の時に…
今まで分からなかった気持ちが、はっきりと分かったわ。」
それに心の中で冷淡な笑みを浮かべていたN。
「顔を見せて、目を見るんだ。」

指をかけられ、顎を持ち上げられた。

抵抗など、無駄なんだと思っていた自分を感じる。

その声に、その体温に 体中の何もかもが命令を受け入れる。
普段、人には自分が何かを伝える側だったから だが自分のM性を自分が一番に知っていた。

男性には逆らえないのだ、心を奪われた人には得に。男を信用出来ないといいながら男を求める、矛盾。

目は優しくはない人だと、何となく野性的な感で思っていた。

見つめられ、体が再び固まる。

「貴方にこんなにも逢いたかった、自分がいると分かり 戸惑っているの私の方よ。だから今は離して。」

それに微笑んだN。頭を撫でて、おでこに唇が触れ 流石に今度は自分から身を翻そうとして腰にかかる手に力が込められた。

「逃げれないよ、絢音。もう そんな答を聞いたら駄目だ。三日間 君は僕の大事な人。これからもだけど… 本当に逢えて、嬉しい。来てくれてありがとう。」

それにすっぽり包まれる腕が、こんなに安心するのは何故なんだろうと思った。
今まで肩に力を入れて、人を愛し追いかけてきた。

愛されるという事が、こんなにも居心地良く心を包むのを初めてしった。

抱きしめられる、腕から愛が言われなくても分かる程に心に届く。

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