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残像
第4章 脱走
町を抜け、アジトにつく。
囲炉裏に火を入れ、部屋を暖める市九郎に、八尋はポツリと呟くように問う。

「あの主人を殺したのは、あなたですか?」

市九郎は一瞬手を止めたが、何事もなかったようにそっけない応えを返した。

「さぁな。俺は、お前が受けた苦痛をあの狸ジジィに味あわせてやっただけさ。」

己が受けた、苦痛。

苦痛とは…何だ。


苦しい…痛い…辛い…

それは、己が生きてきた時間の全て。

何かを望むことなど許されなかった。
厭い、抗うことも許されなかった。

非のあるやなしやなど、関係ない。
ただ、虐げられるだけの人生だった…
死を選ぶ自由すらなかった…

己の人生など、そんなものなのだ、と。
ただ、死ぬまで虐げられ続けるのだと。
死ねば楽になれるだろうか…ならば何も考えず、何も感じず、早く時が過ぎることを願うだけ。
死ぬ、その日を夢見るだけ…

そう思ってきた八尋に、市九郎はこのひと月、とても優しく接してくれた。

何も言わず、何も聞かず、ただ、世話をしてくれた。
何の義理もない、ただ、通りすがりに拾っただけの己を。何も言わぬのに、己ですら蓋をして見ぬようにしていた苦痛を、市九郎は察して、意趣返しをしてくれたのだ…自らの危険を顧みず。そしてそれを恩に着せることなく、何も言わず、何も求めず…
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