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九尾狐(クミホ)異伝
第1章 忘れ得ぬ人
 伸ばした手先が空しく宙をかき、俊秀(ジユンス)は力なくその手を降ろした。
 とうとう、行ってしまった。
 自分でも愕くほどの喪失感が押し寄せ、俊秀は我知らず大きな溜息をついていた。
 小さな狐は名残を惜しむように幾度も振り返り、何度目かに意を決したように踵を返し、紅葉した樹々の中に消えてゆく。ザッと木の葉が揺れ、小さな愛らしい狐の姿を呑み込む。
 男は一抹の淋しさを憶え、意外な自分の反応にほろ苦く笑った。
 最初から判っていることだ。野生の獣を飼い慣らすことは難しいし、また、してはいけない。山で生きる獣は山で生きてゆくべきなのだ。人間たる自分があの愛すべき可憐な生きものとは全く別の世界で生きてゆかねばならないのと同様に。
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