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九尾狐(クミホ)異伝
第4章 宿命
 俊秀は四半刻前に妻と交わした会話をぼんやりと思い出していた。
―行ってきます。
―気をつけて行くんだぞ。
 言いたいことは、もっとあったはずだ。
 彩里は今朝、熱で動けない彼に代わって、顧客の許まで薬を届けにいった。その客は都でも結構名の知られている両班で、金(キム)成凞(ソンイ)といった。王宮の役人のことなど、とんと判らない俊秀だが、ソンイは何でも兵曹(ピヨンジヨ)判(パン)書(ソ)とかいう、たいしたお役についているそうだ。
 ソンイは、けして根っからの悪人ではない。だからこそ、俊秀のような町の露天商を信用して贔屓にしてくれるのだ。実際、俊秀の商う薬はよく効くと専らの評判で、貧しい人々だけでなく、こういった両班の中にもわざわざ評判を聞きつけて買いにやってくる者もいる。
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