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第1章 忘れ得ぬ人

　だから、あの親切な男のことばかり、こうして考えてしまうのだ。と、彩里は自分で自分に言い訳した。我ながら、何とも言い訳がましい言いぐさだとは思う。
　あの男の面影が彩里の脳裡に灼きつき、心を捉えて離さない。あの優しい笑顔を思い出す度に、心が甘く疼き、泣きたいような笑い出したいような複雑な気持ちになる。
　一人暮らしだとは言っていたが、あの人間ほど若くて綺麗な男なら、きっと恋人か、近い中に夫婦になる約束をした娘の一人はいるはずだ。
　あの男が彩里の知らない人間の娘に優しい笑みを見せる―その場面を想像しただけで、彩里は居ても立ってもいられない気分になった。ざらざらした砂を噛んだような、背中を毛の流れとは真反対に撫でられたときのような嫌な気分だ。