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九尾狐(クミホ)異伝
第4章 宿命
 この時間、既に彩里はあの男―兵曹判書に抱かれているかもしれない。彩里の染み一つない清らかな身体をあの好色漢が欲しいままにしている。ちらりとでも考えたくない、おぞましい光景が次から次へと瞼に浮かんでは消えてゆく。
 その忌まわしい想いから解き放たれたくて、這うようにして燭台に近づき火をつけた。
 震える手で何度も失敗して、漸く火がついた時、流石にホッとした。ずっと闇しか見つめていなかった瞳に、小さな焔は眩しすぎた。
 そう、まさしく闇だ。彩里が傍にいない日々は、俊秀にとっては闇に閉ざされたようなものなのだ。
 どうして、あの時、生命ずくでも止めなかったのだろう。彩里の手を放したりしたのだろう。幾ら彩里自身が〝行く〟と決めたことでも、行かせるべきではなかったのだ。
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