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九尾狐(クミホ)異伝
第1章 忘れ得ぬ人
 困惑している俊秀の前に、やがて立派な輿が止まった。輿には顎髭をたくわえた壮年の男が乗っており、楊(ヤン)某と名乗った。何でも漢陽で手広く小間物を扱っている豪商だという。
 何と、老婆はその商人の母親だった。日頃から老婆には軽い惚けの症状があり、家人が眼を離した隙に屋敷を出て、町を徘徊することがあって手を焼いているのだと商人は語った。今日も、お付きの女中の眼を掠めて屋敷を出た老婆は、町を一人でさ迷っていたのだ。
 息子を見た老婆はまるで童女のようにあどけない笑みを浮かべ、俊秀を指し訴えた。
―息子や、見てごらん。明俊がこんなところにいた。お前も嬉しいだろう? 
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