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九尾狐(クミホ)異伝
第1章 忘れ得ぬ人
 そこで、俊秀はハッと鋭く息を呑み込んだ。
 ない! 巾着がない!!
 何ということだ。どこかに落としたのだろうか。しかし、いつもの稼ぎがあるかなきか殆ど空の財布ならともかく、あれだけたっぷりと銭の入った状態なら、落としたとしても、それなりの音がするはずだ。幾ら金儲けには淡泊な俊秀でも気づくだろう。
 刹那、俊秀は声高に叫んだ。
「畜生、あいつだ!」
 あの男―たった今、俊秀に衝突してきたあの蛸入道、あいつが俊秀の巾着を盗ったに違いない。
「掏摸(すり)、掏摸だ」
 俊秀は叫びながら、身を翻し、蛸入道の後を追いかけた。
「誰か、その男を捕まえてくれ。そいつは掏摸だ、俺の財布を盗みやがった」
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