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九尾狐(クミホ)異伝
第1章 忘れ得ぬ人
 男は更に慎重な手つきで彩里の傷に薬を塗り続け、更に自らの上衣(チヨゴリ)の袖を引き裂き、包帯代わりに巻いてくれた。
「ひとまず、これで終わりだが、二、三日は薬を代えた方が良いな。おい、お前。良かったら、俺の家に来いよ。傷が治るまで手当をしてやるから」
 流石に、その申し出にあっさりと乗るほど、彩里は人慣れもしていなければ、人間を信用もしていなかった。眼前のこの男がよく話に聞く人間のように、残忍極まりないとは思えなかったけれど、この男の家族が皆、同じ情理を備えた人たちばかりだとは限らない。
 と、今回も彩里の思惑が伝わったかのように、男が笑んだ。
「大丈夫だ、心配しなくて良い。俺は一人暮らしで家族はいないから、お前を捕まえて毛皮を剥ごうなんて不心得な輩はどこにもいないさ」
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